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地上のすべての人たちのためのしあわせの唄 [story [物語のスペース]]

明治時代から、文壇の作家は同人誌
に作品を掲載したり、文筆を生業と
する作家は文庫を出版したり反対に
現代は賞ベースで出版ありきの風潮
がある。私も色々出すが賞が必ずしも
取れればいいわけでもない感じもして
きている。
ステイタスではあるが、同人誌的な出
版は今までもあったし、雑誌とかはも
ちろんバイトにもなるが、1人で1冊出
せるチャンスもあったがたかが1冊では
職業として成立しない(*_*)
 
簡単には陽が当たらないので、せめて月
神のご加護の元に月の光くらい当たると
いいかも(^o^)
小説と短歌と詩のどれが適性があるかが
賞では簡単にわかりにくいので
反応をブログで見てみようと思った。
アクセスカウンターもつけたので、
チャレンジ(^o^)
小説も詩も短歌も公開は最初
すごく照れがあったが、だい
ぶ慣れてきた。
29年春に完成して、受賞ならず。
初公開!出品規定は30首1作品でした。
娘の受賞とダブルはないか、さすがに(^o^)
      
     
      151568237780213198439.jpg    
オリンピックカウントダウン(^o^)
東京オリンピックまであと926日!
     
     
地上のすべての人たちのための
                            しあわせの唄
~くりかえし過ぎゆく季節へ~
   1
仰ぎ見れば  成層圏に届くほど
            深い空色   果てしなき瞬間(いま)
         
雑踏の中に紛れて  我ひとり
         ただ刻みゆく    季節を思う
 
そよ風を肌に感じてその右手
          紙飛行機は   その掌旅立つ
 
しあわせをことばにすれば簡単な
             そのものかたちどう思うかな
 
ふと思う 幼き頃の浅き夢
               滲む瞳に雨降りはじめ
 
    2
「しあわせというものそれは」
  と君はいう続きの言葉は雨音に消え
         
画面から聴こえるおとは刹那の報
                帰りを急ぐ雑音かき消す
   
幸福を祈りをこめて口にする
           ただそれだけで   時は止まらず 
          
人生で時を重ねたその悲哀
              突き抜けるよな空色に似て
     
かたちなき   その言葉では簡単に
            届かぬものとただただ思う
      
      
    3
     
世界一空に近いところでも
               ほど深い海   ならまだ遠い
       
ほんとうの幸福の絵は我がこころ
            一枚の絵の 様に鮮やかに
   
夏の夕   西に沈む陽  うず高く
                 まだ頂きに残る彩雲
    
夕闇の星の瞬き仰ぎ見て
              未来永劫   幸いま祈る
       
見上げれば漆黒虚空の暗闇に
               散らばる無数の星ぼし思う
    
  4
            
過ぎ去りし幼き我が描く夢
               飛行機雲や虹の弧を描く
        
街角に秋風が吹く夕暮れに
               その向日葵はまだ花残り
      
全天の橙色の夕焼けが
              訪れる明日  こころに思う   
      
柔らかな陽射しを浴びる秋桜に
                まだ遥かなる春を夢見る
     
受話器とは言わなくなった機械から
                   聴こえる声にもの想うから
     
   5
      
夕闇が訪れふいにしんとする
                  日々過ぎるほど冬は近付く
      
北風のまだ明けきらぬ朝闇が
                 時のはじまり時刻み出す
         
その唄はすべての愛をあなたへと
                   唄うがそれは「すべてに愛を」
     
往来の声をかき消す雪粒が
                  降り積む音を響かせ積もる
     
車窓から流れゆく街 眼前に
               ただ日々時が  過ぎ行く如し
           
    6
        
皆のたの   誰の幸福  ふと思う
             その我自身  これが幸福
     
もの思う空一面の春花の
           隙間にのぞく真っ青な空
       
振り返り友の姿をふとおもう
           なにひとつとてわけへだてなき
        
その瞬間(とき)は二度と戻らず過ぎ去りし
           その瞬間(しゅんかん)は気づかぬままに
    
 新緑の溢れる光ただ思う
            これでやっとたどり着けると
  
15156824389991982510963.jpg
1968年      東京の画像
新橋駅前にて。
分類、カテゴリー整理しました[exclamation]  
次回更新2月予定(*_*)

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果てしない海原の向こうに見える世界最高の落日を見に行こう 1 [story [物語のスペース]]

 

 

  遅くなりましたが、第1章のみバレンタ

イン前日にアップしましたが

ちなみにその後、最後までアップし
終わりました。
左上の前の1件をクリックで進みます。

本当にすみません(`_´)ゞ

もう今年で43歳になりますんで、とに
かく忙しいのと、体力的にもいっぱい
いっぱいでフル活動ですが、昔に出版
社の人に60過ぎてゆったりかけばいい、
というふうに言われたが、
浮かぶとつい書かずにおれない(´∀`*)
いいフレーズを忘れちゃうと勿体無いか
らね。
ということで、内容はすでに文学賞に出
したものに 
一部校正、加筆をしてあります。
♪( ´θ`)ノ


来月の更新は3月下旬かな?そろそろ桜
の季節です。
クリスマスは大変好評だったので、頑
張ります(´∀`*)

ちなみに、今日何気に天照大御神と月
読命の太陽神と月神の日本の神話を検
索してて、このブログタイトルがギリ
シャ神話の太陽神と月神というものな
ので他にも色々調べたが、他にも北欧
や台湾など世界各地に太陽神と月神の
神話があるらしい。
でも、記述がそれぞれ違うので、や
っぱり図書館行かねば、
と思った。(風雨がすごいので諦めた
が。(`_´)ゞ)
この作品タイトルに落日という言葉
を使ったので、余談ですが
あしからず(^。^)



追記  今日、2月28日  順調にアクセス
数を稼いで、日々100近くのカウント
を稼がせていただきました(^。^)
ちなみに、過去ログもずいぶん目を
通してくれているようで、
とても嬉しい。特に今回は、受賞な
らずも非常にカウントが多く、
文字数の関係上活字が苦手な人は、
面倒でしょうが、(それでも少ない方だが)
にもかかわらずこの数字が半月も順調なの
で、ウルウル(´∀`*)
執筆に甲斐があった(⌒▽⌒)
みなさん、本当にありがとう(`_´)ゞ


   

 「果てしない海原の向こうにみえる     
                        世界最高の落日を見に行こう」

                    第1章
 

昨日の夜そのニュースをみた。


「バイク型のタイムマシンの研究
に着手」



ニュースキャスターは、ものすごく
平坦な口調でまるでなんの感情もない
かの様にその原稿を読み上げた。
  映画に出てくる様なアメリカンタイプ
のバイク型で、とあるアメリカの大学
で実用化に向けて研究に着手したという。
 表向きは、ブラックホールの研究をし
ているグループだそうだ。たまたま実
験の最中に、ブラックホールの

理論に応用できる可能性が出てきた
そうでそれにともない実験に対する
正式な許可がその大学で出た という
こと。
  お遊びではないが実際には実用化は
まだ20年以上かかるという。
あくまで研究段階だというが、いつ
かはこういう未来が現実にくるのだ
ということの方が正直びっくりする。


朝、カーテンの隙間から溢れる
朝日と、けたたましい電子音の
アラームで目が覚めた。
パソコンの待ち受けディスプレ
イには、珍しくメールボックス 
へのメッセージの着信を伝えて
いて、限られた人間にしかパソ
コンのメールアドレスを周知
していないので、何事かとそ
そくさとメールボックスへメ
ッセージを見る。
 そこには同じベーカリーショ
ップで働いている先輩のかり
んから送信されたメールが入
っていて、ひとこと。

ーニュース見た?パソコン大
丈夫?ー

とメッセージが入っていた。
寝不足の頭で何のニュースだろう?
タイムマシンか?とか考えながら、
「何?何があったの?」
と慌ただしい返信を送信したが、
かりんからのメッセージは、朝の
9時半の受信になってい
た。
 昨日の夜以来突如、まるで映画の
世界に迷い込んだ様だなあ、なん
てのんきに思った。

壁掛け時計は今、午前10時を指し
ていた。
しばらく待ったが、返事が来そう
な気配がないので、諦めてテレビ
のスイッチを入れてニュースを探
した。

昨晩風呂上がりに三つ編みをお団
子にして眠ったので、それを外し
てヘアスプレーでセットして、ボ
ディパーマ風に仕上げてみたが、
今の時期はまだテスト休みではない
が、今日は平日だが出られる授業は
ない。

 大きな字幕で「データ障害 復旧の見
通し立たず」と画面上に一文が表示
されており、東京外国為替市場や日銀
が運営しているデータサーバーや、NTT
や大手プロバイダーの大型サーバーがハ
ッキング集団かなにかの、ウイルス攻撃
らしきものの被害にあい、軒並みデータ
障害が起きている、という騒動で朝から
都市部が大混乱に陥っているらしい。

これでは本当に映画の世界の話だ。
それにしても、現実なのに、このあと
どうなるのかなあ、なんてぼんやりと
した頭で考えた。

「ありゃ、なんだ、まずいなあこりゃ」
もう一度メールボックスを開き、メッ
セージを入れて見る。



ー何これ?どうなってんの?
                        ビックリ !!ー
送信

再びかりんにメッセージを入れてみ
るが、具合の悪いことに携帯端末だ
けが通信障害のエラーメッセージが出
ている。
パソコンはLANを使用しているレトロな
ものなので、電話線が生きていて通常ど
おりに起動して、データも大丈夫
だった。
おそらく、バックアップサーバーな
どを使用して起動できるものなのだ
ろう。
まったく差し支えなく動いている。
   
 
それに今は普通に電波を受信しても、
通信を常時復旧できるシステムが、機
械本体に内蔵されている場合がほとん
どなので、だいたい完全にシャットダ
ウンしてしまうことがないように作ら
れている。

ニュースでは軒並みATMや大型サーバー
のダウンによる、端末の障害が次々と
伝えられて、全面復旧には少し時間が
かかることや、そのことで株式市
場や、為替市場に影響が出始めてい
て、今日は火曜日だから、ヨーロッパ

各地やアメリカ大陸はまだ現地時間で
夜更けか、真夜中にあたる時間なのだが
中国の市場は朝から異常事態の報を受
けてとても混乱した。

基本的には大型サーバーでも、バック
アップが取れる体制ができているし、
www.は断線に強い構造になっている
のだが、敵はサイバーテロのプロフェ
ッショナルらしく、復旧回路の網目を
寸断なく攻撃した様子だ。

キッチンの冷蔵庫に入れてあった、
パン・ド・カンパーニュをオーブン
でカリカリに焼いて、冷やしてあっ
たアイスコーヒーに牛乳をたくさん
注いで、慌ただしい朝食を摂った。
別にこれといった用事がないの
だが、なんとなくせわしない。
 
 パソコンの待ち受けに再び、メール
の受信ありのメッセージ。
急いで開いてみると、
ーいやあ、大変だよ!!どうしよう
かあ。私、これを
理由にパソコンの不調で1週間休
                                         もう!ー
と呑気なメッセージ。

ーえ!!ヨーロッパの人の様な  
   呑気なメッセージ。うーん、
                                    いいなあ。ー
すぐさま返信する。

 私は1年浪人して美大に入ったから、
まだ2年生だ。かりんは私の6歳も年
上で、私がアルバイトをしている
ベーカリーショップで働いている先
輩で、意気投合し今に至る。
 彼女は栄養士の学校を出ていて、
将来独立したいという夢があるらしい。
ー銀行すごい混んでいて、大変だよ。
ちょっとさあ、混乱に乗じて日本1周旅
行しようよ。1週間かかるかなあ?ー

えっ・・・・。(冷や汗)
日本一周ってなんだ?


さすがに驚いて、返事を考えあぐね
たがスケジュール帳を確認してから、
今日は1日時間が空きそうなので、
再びキーボードを叩いてみる。
ー1周は無理でしょう?えーっ。
こんなこと1週間続いたら日本が潰れ
てしまう。どうせなら今日は暇してるか
ら、女2人で東京湾を1周ドライブしま
すか?ー
 
 
すぐさま、

ーようし、じゃあ今から迎えに行
くね!!待っててね!!ー
という返事。
今からというメッセージに慌てて、
鏡を覗き込んだ。麻紐風の夏っぽい
ミュールを履いて、ワンルームの自宅
の玄関を後にした。

             この作品はフィクションです。





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果てしない海原の向こうに見える世界最高の落日を見に行こう 2 [story [物語のスペース]]

         
                           第2章

私たちは、11時過ぎには辰巳のパーキ
ングエリアにいて、ナビゲーションと
地図を片手に予定経路の計画を立てて
いた。
時間的には、東京湾一周は夕方までに
完結するとふんで、地図を片手に真剣
に計画を立てた。 
  まずは、お台場でランチを取ることに
したが、この様子だと
あっという間に日が暮れそうでもある。
陽射しは5月らしく爽やかに
心地よい風とともに降り注いでいる。
オレンジ色の腕時計で、私は時間を確認
した。

今日のドライブは暇つぶしにしてはナイ
スアイデアだと2人は考えていた。 
  午前中のニュースには続きがあって、
活字専用端末で次々と様々な情報を検
索した。
が、東京市場の混乱で、1時間遅れの
中国市場も午前中は混乱を極めた。
朝、突然降って湧いた騒動にすぐに
は立ち直れない。
  ただ、幸いしたのは金融市場関係の
障害は夕方までには、おおかた復旧
できる見通しなのと、ちょうど株価
もここ数ヶ月好調な安定期に入って
いたこと、為替市場も安定期で大き
な変動はここ1ヶ月ほどまったくと
いっていいほどなかったので、経済
的なダメージは混乱の割に少ないと
予想された。
ただ、物理的なダウンのダメージが、
2、3日は多少影響することや、
大型サーバーのダウンによる一部障
害状態が、思った以上に日常生活に
大きく影響をもたらすであろうこと
が考えられたので、そのことが原因
して混乱は予想以上に大きく感じる雰
囲気で報道された。

  しかし現時点では、通常どおりに電
光掲示板も復旧しているそうだし、
市場も通常に戻っているので、朝の一
報の時点で考えられたよりも極めて少
ない混乱で収まったことは、不幸中の
幸いといえよう。
  まだ、一部のコンビニエンスストアの
ATMやら、ネットバンクなどに障害が
出ているので、その部分さえ復旧すれ
ば、経済分野はほぼ正常に戻るそうだ。

  むしろ、あとひとつの懸念材料として
は現在まだ日中で市場が本日のアジアの
異変を受けてどう反応するかが問題で、
サイバーテロが原因だというマイナス
材料がどう現れてくるかだ。

  実際には世界的にも安定期であったた
めに、影響は少なからずあるが、ここで
素晴らしいのは日本のIT技術が本当に飛
躍的に進歩していて、なおかつ緻密な運
営をされていることから、本当の中枢に
対するダメージが極めて少なかったこと
や、むしろ一部のタイムマシンの報道の
影響の方が、どういう風に現れてくるか
がきわどい部分であるが、今回のこと
を踏まえてまた技術向上に努めなくては
いけない、ということをニュースでは
キャスターが話していた。
   
   
  今のところ、道路情報などにもまった

く影響がないようなのでまるでニュー
スでの報道がガセネタであるかのよう
に妙な違和感さえあり、普通の生活に
は何ひとつ問題は起きて
なかった。

私は、かりんに
「タイムマシンがいかんのじゃない?」
と聞いたら、
「えっ?」
と怪訝な表情になったので、私はまた
もや妄想癖が災いして、妙な事を口走
ったかと思うと、もう一度活字専用端
末で、タイムマシンを検索した。
ヒット数はなぜか10件と少ない。
  確かに昨日のとある新聞に研究に着手
するという記事が掲載されていたが、
それは研究論文を元に試作品を作成する
ことが可能かどうかという研究で、実際
には開発されると世界大戦が起きかねな
いということも懸念され、さらに、技術
的な問題点が非常に大きいと掲載されて
いた。
「ふーん、SFの世界だな。でも影響あり
かもね。」
とかりんは妙に神妙な反応を示した。
タイムマシン自体はブラックホールの
研究をかくれみのにして、
研究を続ける研究者が結構いるそうだ。


2011年、とある掲示板でジョンタイタ
ーという人が、ネットに掲載したタイ
ムマシンの理論が話題になったそうだ。
もちろん、それは都市伝説だが、ゼネ
ラルエレクトリック社が開発した、20
34年の1号機というものらしく、その
ジョンという人が、2036年からその
タイムマシンの発表に来たらしい。
確かにアインシュタインの1930年代に
は、ワームホールと一般相対性理論が矛
盾しないということが、論じられていた
ということなので、決して不思議なこと
でもないのであろう。
重力歪曲時間移転装置なるもので、これ
もブラックホールの理論の応用らしく、
ただ、現実的には2036年は現時点では
訪れてはいない未来なので、このこと
が本当のことかは、まだ誰にも証明がで
きない。

でも、2011年にその人が過去に遡って
やってきたら、それで事実が食い違う
んじゃないかなんて事をふと、この話
しを聞いた時に矛盾を感じたのだけれ
ど、考えすぎるとわからなくなるの
で、考えないことにした。


なので、今回のこともおそらく過渡
期であるが故の発表なので、本当に
そんなもんができるか
どうかは、神のみぞ、いや、神すら
知る由もないだろう。

過去には、メッセージのやり取りを
過去と未来とに渡ってという研究は
実績があるようだ。
 もちろん、一部の研究ではまだ不可
能であるともいわれているらしく、
いろいろ突き詰めて論じていくと、
理論的な矛盾が生じるらしい。
これが一種のパラドックスだという
そうだ。
  今日は梅雨前の合間の晴れでレイン
ボーブリッジもくっきりと、臨める
し人出はあまり多くはないが、一画
にあるオープンカフェのレストラ
ンは程よく座席が埋まっていた。

この辺りは、たまに夜にドライブす
ると、それはそれは、昔のアニメか
何かに出てきそうなアンドロメダ駅
みたいな感じで、宇宙の小惑星に
浮かぶ銀河ステーションさながらの
ライトアップされた光と、人波のコ
ントラストで多くの人類が宇宙に
当たり前に飛び立てる日ももう目前
のように感じる。


かりんはソーシャルネットでのメッ
セージのやりとりに集中していた。
「普通に送信できる。」
と聞くと、

「それは問題ないけどね。でも、
たまに通信ダウンするね。」
と何か言いたそうな素振りを見
せた。
「なんかあった?」
私が不思議そうに聞くと、
「彼の誕生日でね。今日。」
と、唐突に言い出した。
「え、こんなとこにいていいの?」
と、私が言うと、
「今日の騒動で休みの予定がな
くなったって。
受注のデータとかが、
飛んじゃってて大変らしい。」


この作品はフィクションです。♪( ´θ`)ノ













 

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果てしない海原の向こうに見える世界最高の落日を見に行こう 3 [story [物語のスペース]]

       

                                     第3章


 BGMには、スカのメドレーなのか、SPEC
IALS のmonkey man が流れている。
  2人のアルバイト先のベーカリーショップ
では、ホワイトチョコのムースが
人気があって個人的にもお気に入りだが、
ドルチェのメニューに目を通しながら、
マスカルポーネのティラミスと、クリー
ムブリュレをシェアして食べることにした。
  店を出て、13時になる前に車に乗り込んだ。
  湾岸線を通り、大井埠頭を抜けて羽田空
港を横目に見ながら、そのまま走るとその
向こうはもう川崎で、アクアラインの入り
口だった。
 
       

  ラジオで午後の現況についての放送を
しきりにしていて、情報障害の原因はサ
イバーテロであるらしいと、繰り返し指摘
をしていた。
  1時間かからずにアクアトンネルを通
過して、人工島の海ほたるについたので、
3階の駐車場に車を停めて、まずはすぐに
展望デッキのある5階へと向かった。
  5月晴れの快晴の空は、ちょうど海の青
さと相まっていっそう突き抜けるような
高さを感じさせた。
  この人工島からの木更津方面のアクア
ブリッジを横目に見ながら、その先に広
がる内房の房総丘陵を望む景観は、何か
未来と過去の融合というか、いつの時代
に生きているのだろう、というような不
思議な時間感覚に襲われる。

2、30分ショッピングフロアや、展望
デッキを散策してから、私たちは再び
車に乗り込んだ。
かりんは彼へのプレゼントの紙袋を大
事そうに胸に抱えて、車に乗り込んだ。
「何を買ったの?」
私が聞くと、
「内緒!!」
と言ってそそくさと運転席に乗り込
んだ。

アクアブリッジを抜けて、木更津方
面に着くまで、順調なら20分くらいしか
かからない。
  眼前にまっすぐ伸びるハイウェイと両
側に広がる海原は、こんな天気のいい日
には本当僧階な気分で、マリンジェット
か何かで水上を滑走しているみたいな気
分になってくる。
それこそ、子供の頃に何度も見た鳥に
なって広い海原を羽ばたくような、そん
な夢のような。

「夕陽と、陽が沈む景色が見たいなあ。」
かりんがそう言った。
このまま進んでいくと、19時ごろの日の
入りまでには、東京湾のどこかしらで夕
陽を眺められる。
今はまだ、15時前だったが上り車線にな
るので、夕方の渋滞に巻き込めれても、
湾岸線の付近のどこかしらの海辺に到着
できるはずだ。ナビゲーションの計算結
果も、2時間もあれば湾岸線付近まで進
めるという結果がでた。
「もし、今朝みたいにもっと大きなサイ
バーテロとか、そういうのがおきて、
日本がなくなったらどうする?」
運転をかりんに替わってもらって、私は
助手席でアイスコーヒーをすすりながら
BGMに合わせて鼻歌を歌っていたが、かり
んの唐突な質問に
「えっ?何言ってんの?」
と返事をしてから少し考えた。
「私は日本に残るよ。だって、新しい国
ができても、新しくなってから考えれば
いいよ。」
かりんは、

「私は日本が複数に国に分割されたら、
それもいいなあなんて
思うんだよね。」
と、斬新なアイデアを口にした。
そして、続けて
「そしたら、真ん中くらいの国に行くと
思う。」
と言った。
「何?真ん中って。徳川時代みたいな
感じ?」
「いやいや、ヨーロッパの陸続きみたい
なのだよ。国のレベルが真ん中くらいの
普通っぽい国。」
恐ろしく話しが噛み合っていない。
「だってさあ、いろんな幸せがあるん
だから、日本にたくさん国があったっ
ていいじゃない?みんなそれぞれに違う
法律と国境線と。すごくない?」
そんな夢みたいなこと、そんな夢みた
いな世界考えたことがなかったから正直
びっくりしたがそんな風にして私たちが
生きてきた世界や時代と全く違う時代が
訪れたら、そう考えるだけで少しワクワ
クしたが、本当にそんなことが起き
たら大騒動だとも思った。
  それはまるでアニメの筋書きのように
感じられるようなことで、でも、世界
の歴史の中では実際にたくさんあったこ
とだから、日本はむしろ例外的な国かも
しれない。
    
そう考えると、いつか私たちの前に、
今と違う世界が実際に訪れるのだなあと
思い、なんとも言えない気分になった。
  多分景色のせいもある。海に囲まれた
景色はスリルもあって、いろいろ
妄想してしまう。


それにしても、新しい世界の妄想話 
なんて、その辺のアニメよりスリル
があって、めまぐるしく動く社会の情
報の嵐の中で、なんだか思ったよりも
遠い異国の地にでも来ているかのよう
な錯覚を覚えた。

「でも、もしそんな新しい世界が始ま
っても、血みどろは嫌だなあ。」
と私は言った。

「まあね、痛い思いはしたくないよ
ね。」

「VRとかVPNとかの中に入って、
新しい世界に行こうよ。その方が好き。」
「実際に入れるようになるかな?」

「それはわからないけど、タイム
マシンの方が先かな?」
私はかりんに言った。
    
私は助手席で相変わらず鼻歌を歌い
ながら、映画の中みたいに、魂だけ
がバーチャルの仮想現実に離脱して
入って行って、まるで共和国だったり、
そんな風になった日本の新しい光景の
中をドライブする夢想をしていた。
でも、今の現実は痛いことに魂と肉体
は遊離しない。
魂と身体は死を迎えないと離れ離れに
ならない。

  人間にとって、魂が見る夢のような
ものと、この身体とが共存して生きて
いかなくてはいけないという現実と、
その2つを折り合いをつけることが人
生なのだろうから、バーチャルの世界
だけでは簡単に生は成立しない。

けれど、時は間断なく過ぎて行き新
しい未来は、次々訪れて時代は変わ
って行く。
  その変化の過程でたくさんの命が
奪われることを、私は望まない。 
歴史は今までその過ちを繰り返し
ては来たが。

  命が奪われるということは、同時
に魂も突如終わりを告げるものなの
ではないか、なんて勝手に考えては
いるが、そうでないと、輪廻転生な
んて、辻褄が合わないことになっ
てしまう気がする。難しいことはわ
からないけど、なんとなくそう思う。

アクアラインを降りると、木更津
に着き、都市化した街並みに遭遇する。
そのまま東京湾をなぞらえるように国
道を北上していく。





この物語はフィクションです。

第4章はなるべく早くアップします。
(´∀`*)







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果てしない海原の向こうに見える世界最高の落日を見に行こう 4 [story [物語のスペース]]

          
                    第4章


案外道路が空いていたので、思ったよりも
早く幕張、船橋に着いた。湾岸線からは新
都心のビル群が、排ガスで少し霞のかかっ
たような鬱陶しい空の下に、悠然と広がっ
ている。

 ビル群を超えて、海沿いの道路まで出た。
海岸の入り口では何かのフェスティバルが
やっているらしく、

派手な衣装の若い子たちが大勢群がってい
る。

 16時過ぎに船橋の市街地を抜けて、東京湾
の造成された海浜地域についた。
平日の夕方なので、犬の散歩などをしてい
る人がチラホラいて、陽が少し傾き始めて
海風は鬱蒼としているが、ひんやりしてい
る。
  ちょうど、砂浜の手前に舗装されたアス
ファルトの歩道があって、そこを少し散歩
をすることにした。すると、ちょうど目の
前に車椅子の青年が立ち往生していた。

夕焼けの日没を眺めようとここに立ち寄
った私たちに、
「すみません」
と、前方を指差して車椅子の青年は言った。
「向こうに自分が一緒に来たリハビリチー
ムのワーカーさんや仲間がいるはずなんで
すけど。少し車椅子を押すのを手伝ってく
れませんか?はぐれてしまったみたい
で。」
「いいですよ。」
 
と言ってその車椅子のグリップを握った。

彼は左足と左手に麻痺がある様子だった。
ボランティアなどで車椅子の扱いには多
少の経験があったのですんなり動かして
いる私に、かりんは少しおどろいた様子だ
ったが、

「いつも自分で漕ぐんですか?大変です
ね。」
と言って彼に声をかけた。

彼は30歳くらいで割に爽やかな風貌の青
年で、きっと後天的に何か病気を患った
のだろう。

 「みんなと一緒に行動していたんですが、
ずっと自走していたので、つい疲れてひと
息ついているうちにすっかり取り残されて
しまって。」
彼は申し訳なさそうに言った。
  結構ごっつい雰囲気の車椅子で自分で自走
できるように、タイヤのグリップが太く設
計されている。
椅子の部分はコンパクトで分厚いクッション
が二重にお尻の下に重ねてあった。
 「たぶんあの先にいる集団だと思うんだけど。
見えます?」
彼は言った。
  前方の100メートルくらい先に確かに、車椅
子を押したり杖をついたりしている集団が
見える。
  「すみません、もう少し押してもらっても
いいですか?端っこまで行ってからこっち
に引き返してくるそうなんで、
ゆっくりでもいいので、押してもらえるとあ
りがたいんですが。
わがまま言っちゃってすみません。初対面の
方なのに。」
「いやいや、私たちは暇しててぶらぶらして
るだけだから
気にしないでください。」
私は言った。
「近くから来ているんですか。」
「車で30分くらいかかったかなあ。通所リハ
の送迎用のワゴン2台で来ているんです。」
「今日はとても天気がいいから、久々に来
たんですよ。」
「2、3ヶ月に一度くらいはこうして散歩に
出るんですよ。」
言葉の発し方の印象がとても好印象で、
なんだか反対にとても良いことをして
あげているような気持ちがした。
  そんな気分のまま、彼をグループに合
流させて、いい気分になった私たちは砂
浜に向かった。
  車椅子の青年を連れた集団は、砂浜側ま
では降りられないそうだ。
まあ、当然といえば当然だが。
  リハビリの指導員の年配の人が彼の車椅
子を押しながら、
何度となく頭を下げて手を振って、
「ありがとう!!」
と声をかけてくれたのでなんだか反対に
申し訳ないような気分になったが、砂浜
まで向かう間2人はいつまでもいつまでも
手を振っていた。
  
 砂浜に出て、腕時計を見るともう17時を
とっくに過ぎていた。

  すっかり傾いた太陽がオレンジ色に水面
に反射しているが、まるで夕焼けの景色が
綺麗に写真のように写り込んでいるみたい
に見えて、幼い頃によく遊んだ万華鏡を思
い出した。かりんは
「こんな日にこんな景色が見られるなんて、
なんだか幸せなんだか
よくわからないけど、でもすっごく気持ち
よくない?」
と言った。
「わかる、わかる。でも私たちはきっと、
地球上の人類の中でも最高に値するぐ
らい幸せだと思うよ。」

「そっか、こういうのを幸せという   
                                                          のか。」
  
ちょうど夕方のの潮風が、ひんやりとして
肌寒いくらいで靴を脱いで波打ち際の塩水
に足をつけた。
  東京へ戻る渋滞を考えると少し気が重く
なったが、それでも
きっと明日は、もういつもの日常が訪れる。
そう思うと、今日一日が本当に素晴らしい
ものに思えて、少しずつ水平線に近づいて
いく太陽を眺めながら、さすがに太陽に向
かってさけんだりはしないけど、私たちは

子供のように本当に陽が落ちるまで、ずい
ぶん長い間、その浜辺ではしゃぎ続けてい
た。
テレビのニュースは明日になればまたすぐ
違うニュースで、
持ちきりなのだろう。どんな過激なニュー
スでも2、3日ですぐに新しいニュースに変
わっていく。
  それでもまた明日になれば太陽は昇るから
生きていかなくてはならないし、幸せであり
続けたいと願う。
  だから、たとえ今日よりもっと大きな出来
事が世界と歴史を変えようと同じように海は
落日に彩られて夜を繰り返し迎えるのだから、

私はその落日に明日迎える夜明けがもっと


 
素晴らしい夜明けであることをこの浜辺を後
にしながら祈った。

                                   〜END〜
この作品はフィクションです。

今回結構手を加えましたが、実は時間がな
くて、特に第4章は相当修正かけた。

後から読んだら、内容が適切ではない部分
が結構あって、反省。

全体的にももう少し簡潔に短くするか、
長くするかどっちかにすれば良かったんだが、
とにかく時間がない(´-`).。oOあしからず。










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天空にかかる白い橋 1 [story [物語のスペース]]


著作権はブログ作製者に帰属します。この物語は歴史的記述部分を除いてはフィクションです。


              「天空にかかる白い橋」   
                              
                                                      p.n  すぴか

  その地は、私が生まれた頃に日本に返還されかつては琉球王国とよばれていた。
  現在ではその島々を八重山諸島といい、その本土に位置する島を沖縄とよぶ。
東京から南西に2100キロかつての琉球王国はティダ(太陽神)を最高神と
崇める、1429年から1879年の450年のあいだ沖縄本島に実在してい
た国だ。
  その王国にまつわる伝説。
琉球王国の史実の最初の頃に登場する建国して最初の王族たちは、その民に農耕を
するための道具などをもたらした、いわば神話上の神々のような存在であり、
それは、12世紀頃の話だ。
 
 周囲のアジアの国々に取り囲まれ、そこで交易をして、戦争をする武器を持たず
に王国として独立をしていた、という有名な逸話がある。それはおもに室町時代から
明治までの話である。
悲しいかな、その後明治維新の廃藩置県に巻きこまれて、明治12年に明治政府に
併合され明治政府は王国の解体を要求し、最後の王を東京に強制移住させて琉球王国
は滅亡した。
  そして、琉球王国は沖縄県として、明治以降新たな道のりを歩むことになり、その後
日本の軍国主義化で、中国侵略を密かに狙う日本が連合国側に立った第一次世界大戦と
勝利の好景気、そして一転して東京での大震災の勃発と虐殺事件など様々な要因が発端
でさらに第二次世界大戦が勃発し、日中間の関係悪化がさらに拍車をかけファシズムが
台頭したドイツ・イタリアとの同盟により、太平洋におけるアメリカとの海戦に
至った。

 その太平洋戦では、日本は当初タイやハワイやフィリピン、香港などを空爆し
勝利するが、長引く戦局が災いし、徐々にアメリカ軍に力の差を見せつけられ、
終戦直後には国際法違反といわれる東京大空襲という攻撃を受け、日本本土上陸を
視野に入れた沖縄での上陸戦、原爆投下など、圧倒的敗戦を喫し、ポツダム宣言の
受諾と、日本軍の投降により、30年あまりにわたって続いた人類初の2回の世界
大戦は終戦を迎えた。
  太平洋戦争において、沖縄で激戦を展開した地上戦は甚大な被害を生むことになっ
た。
  そして、終戦後沖縄はアメリカに占領され米軍の統治下となる。
  1972年に日本に返還されるまで、ずっとアメリカの支配下にあった。
  その土地で生命を授かった、かつて私が出会った何人かの友人や沖縄に縁のある
同胞たちに、親愛の思いをこめて・・・・

  私の生まれた街のその道は、江戸時代には水戸街道新宿(にいじゅく)から分岐
して佐倉藩や、成田山新勝寺にむかう街道であり、昔は佐倉街道とよばれていた
そうで、途中で分岐をして、もう一方は、習志野へとつづく。

千葉の北西部のその駐屯基地のあるあたりのとなりの路地ではトランペットの
マーチの練習の音色がきこえる。
その駐屯地と演習場は、行事のときなどはもちろん、一般向けに開放をしている
こともあるのだが、何年か前に、とある少年団の活動に参加したときに、その
駐屯地の中の演習場で初夏の炎天下の中を何時間も歩いた。

  見渡す限り草むらの中に、戦車の残骸が転がっていたりして、青少年育成のため
の活動にしてはリアリティがあって、成田街道が見えるフェンス沿いまででると、
子どもたちは大はしゃぎした。国道を走る自動車の騒音に負けじと少年たちの声が
響き渡っていた。




「大学の授業が休みになったら、そこにいこうとおもう。」
ぼーっと窓の外を眺めていたわたしに向かっていとこのもえはこういった。
  ここから見えるグラウンドでは、野球のバッティングの音がやけに響いている。
「どこ?」
わたしがいうと、
「だから、宝の地図のはなしだよ、もう・・」
とふくれっつらでいった。
その地図はさきほど目をとおしてテーブルの上に無造作に放りなげられたままに
なっている。
南国の島の小さな地図に何があってそんなにふくれっつらでこだわっているのだ
ろうか?
私には疑問だった。
どうやら宝の地図というのは、もえのなにかの皮肉のようにも聞こえる。
  その地図は、便箋くらいのサイズのもので白黒で印刷されていた。
地名などはほとんど省略されていて、川の名前と方角だけが、や 
けに大きく示されていた。
  もえの態度が気にかかる。人間関係に不穏なむきがあるとか、道ならぬ恋をして
いる、とかだったらどうしよう・・・・
  その地図の送り主について聞こうかと思ったのだが、もえの機嫌はいっこうに直ら
ないので、
「その地図ってどこ?」
と私は聞いた。         

もえは、相変わらず不機嫌な風で
「たぶん、沖縄だと思う。」
といった。
「うん?」
なんだか、もえが変な嘘をついているような不思議な感じがして私はこう聞き返した。
「いやあ、だから沖縄のどっかの地図だって
  言っていたの。」
「誰が?」
「その、友人・・・・・」
 しばらく考えて、私は妙なことを思いついた。ひょっとしてあのあたりにある
海底遺跡か何かの地図だったりするんではなかろうか?もしそうだとしたらもえは
あまり興味がなくて不機嫌な態度をとっているのではないか?
  「ふむふむ、なになに海底遺跡の地図か何か?」
   「さあ。」
 もえは相変わらずそっけない。もえは私とは年齢が10歳近くはなれてい
 て、私の母の弟の娘だ。
   彼女は、今私が住んでいるあたりの大学に通っているのだ。
あたりは大学が多くある。 独り住まいをしたいという彼女は自分のわ
がままを通すために、このあたりの大学を選んだ。
要するに私の住んでいるところの近所であれば、という条件で親であるおじは一人
             



暮らしと大学入学を了承したのだ。幸い私ともえは同性同士だったので、まる
で姉妹のように幼い頃からとても仲が良かった私は、もえに向かってこういった。
「海底遺跡の地図か何かで遺跡の中にある大きな石を動かして、それをどこどこには
 めこむとその遺跡はズドン、ズドンとか鳴動しちゃって映画のワンシーンみたいに 
 海底から遺跡が海上に飛び出してきちゃったりするとか、そう言う感じの冒険映画み
 たいなかんじの話ではないのかい?王冠がでてきてどかんとか、アクション映画みた
 いな感じの。」
「え、なになにそういう話なの?少し面食らった感じで、はなはもう一度まじ
まじとその地図をとって見た。
「でも、川だよねえ、これ?」
「どれどれ。」
その地図には確かにどこかの海岸線と川が描かれていた。
             



「いやあ、何人かで旅行に行こうっていう話しになって、沖縄もいいよねえみたい
な話しをしていたの。それでその中の一人がこれを持ってきたのよ。で、なんか
勿体つけてネタを教えてくれないから、ただ、むっとしていただけなんだけど。」
 そう言いながら、もえは地図をまじまじと眺めていた。
 
   公園の街路樹は秋をむかえて色づき、足元に黄色い葉をどっさりと落としていて、
朝日が時折まるで夕日のように、葉が落ちた地面に傾いた日差しを浴びせる。

  そのころ私は、よくいうデジャビュ(既視感)みたいな感覚を覚えることがよく
あって疲れも災いしてか、そんな時期がしばらく続いた。
「あれ?いつかこの光景みたよね?」とか
「このまえ、同じ話をしたよね」
 とかそういう風な何気ない感じで、私の生活の中を当然のようにとおりすぎていっ
た。

   要するに、なにか偶然に物事が重なったりはたまた、何度も何度も同じようなこと
に出くわしたような感覚があるときは、その当人の無意識の心の動きであったり、
または、偶然にみえていただけで、表裏一体、そのことは起こるべくしておきたという
ようなことだろう。
   そういうことはとてもよくある種類のことで、ただの原因と結果それだけだともいう。
   そしてそれがふたたびわたしのもとに頻繁に訪れるようになったのは、とある昼下が
りの出来事がきっかけだった。
      
   自宅のファックスは、会社から送信された一枚の地図と、要件の文書を受信した。
そのときにも例のデジャビュのような感覚が襲ってきたが、すぐにもとに戻った。なに
か肝心な記憶が取り戻せないような、ずいぶん昔に同じことを体験したような、とても
もどかしい感覚だった。

 そして、数日後すぐに私はファックスの送信元であるオフィスにいた。
  今回私が急遽、足を運ばなければいけなくなったその場所とは沖縄本島で、
初冬でも20度を越すその場所は今まだ秋を迎える直前といったところで、暑い日は
まだ半袖でも十分なくらいで、30度を超える日も多い。でも今の季節は若干寒暖の
差が激しい。
 ちょっとした急な商用だった。カタログ販売の会社を経営する知人を手伝って、
そのカタログに掲載する商品の取引なんかを、商談しに各地を回ったりするのだけれ
ど以前に一度掲載した琉球ガラスのグラスセットがとても好評だったので、今回取引
量と取り扱い品目を増やすため実際に現地に足を運ぶ段取りになった。
  その会社での私の肩書きは商品部チーフとなっているが、7名程度の小規模な事務
所で、要するに私は友人の共同経営者であった。そして今回の商談のために設けられ
た時間は2泊と限られていた。
 
  友人は投資の件で、人と会っていたそうで私が到着してから1時間近くもたってから
オフィスへ戻ってきた。
  幸い業績が好調らしく事業拡大とまではいいかないまでも、少し経営の幅を広げられ
そうだということで最近ではあちこち飛び回り忙しくしている。 
  最初ここに事務所を抱えてから既に7、8年は経っただろう。決して高待遇ではない
が仕事のやりがいや、十分生活していけるくらいの待遇を保証してくれている友人には
ほんとうに感謝している。その友人の女性社長を私は昔からのよしみで普段は呼び捨て
で「柿崎」と呼んでいる。彼女は独身だったが、ずっと結婚の約束をしている許嫁が
いた。
 「FAXみてくれた」
 と柿崎というその女社長は言った。
 「昨日受け取ったけどいつ発てばよい?」
 と私はいった。


 「ああ、ごめん、ごめん。これチケット。めなら他をよこすよ。急でごめん。」
これは彼女のむかしからの性格なので、わたしは覚悟をしていた。
    航空券には、しっかりと、3日後の夕刻と印字されていた。
「まあ、ここのところ暇をしていたから問題はないけど。」
   最近では、自宅にいても電子データを伝送 するやりとりが非常に多くなったので、
なにか特別なことがない限りはFAXと、データのやりとりオンリーで仕事を済ませ
てしまうことが多い。
「で、簡単な内容はFAXで送ったとおりなんだけど、オーケー?」
「大丈夫、大丈夫。」
「で、問題は、そのカタログの目玉にするので戻ってきてから、4、5枚程度の参考
資料のようなページを設けて欲しいこと。時間が限られていて申し訳ないのだけれど
もよろしく。」
  「で、投資の話はどうだったの?」
 「そうだなあ、戻ってきたら追って結果を話すわ。今日のところはまだ少し具体的
な感じにかけるんだけど・・・・・」
                 

                                                                          〜to be continue 〜



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天空にかかる白い橋 2 [story [物語のスペース]]

   彼女から聞いていた話では、カタログで取引する商品の品目や数を
大幅に増やし、またカタログ自体の種類も増やす形で、その際に取り扱い
商品の在庫部分をいままではオフィスで倉庫に眠らせていたのだが、店舗を
経営する形で商品を常設しその宣伝もカタログ上で大々的に行うことで、
経営拡大をしていきたいという展望があるそうだ。
                
  そして、3日後のもう日がすっかり暮れ落ちたあとに、私は那覇空港に
到着した。現在ではモノレールが空港から市街地まで通っている。
  そのモノレールで那覇の市街地まで出てあらかじめ予約を入れてもらって
いた宿泊先にチェックインした。
 
  翌日は朝から快晴で、やはり、アポイントを取っていた商談先へと向かった。
ガラス工芸を行っている製作所は沖縄本島はいくつか所在しており、そのうちの
何箇所かを今日明日でまわることになっていた。すべてバスでの移動でまず
手始めに南部地域へとむかった。南部地域は、同時に、太平洋戦の戦跡が数多く
存在している場所だ。先日いとこと話をしたばかりではたまた奇遇だったが戦争
の爪痕が残るかの地の目的の場所までは30分ほどかかるのだが、私は慌ただしく
バスのなかでとりいそぎさきほど集めた資料に目を通していた。
 
   以前にこの土地を訪れたときは、戦跡めぐりをした。そのときにはまだ、
鉄道は本島には存在していなかったそうだ。
   もちろん観光旅行でいったのだが途中で具合がわるくなってしまい、大変な
思いをした記憶がある。
  その時は、気温が35度を超えるかなり暑い日で暑さのせいで遠くの景色が
蜃気楼のようにぼんやりとして見えた。
  それはもやのように全体がぼーっとかすんでいるのに、人や物の輪郭だけが
やけにくっきりと感じられて妙な違和感を覚えるような感覚で、突然気分が悪
くなった。過酷な暑さもかなり影響している。ちょうど、海軍の防空壕やひめ
ゆりの塔なんかを回っている最中だったことを今も、とてもよく覚えている。
      
  正直、恐怖感というよりも、人間の犯す過ちの恐ろしさみたいなものを自分
自身がはっきりと感じてしまって、その場所で、むごたらしい傷跡を残し、数々
の出来事、爆撃や自 決、そういったことが起きたという、そして説明書きの文章
なんかが、稚拙に思えるような非常にリアルな現実感にとらわれてその真実に精神
が負けてしまったようなそんな感じだった。

  さして気にかかったわけではないのだが、移動中のバスの中で、その地元の案内
資料のようなものをちょうど手にして開いたページにどこかで聞いた地名が印刷さ
れていた。
 ・・・・・天願川・・・・・
  注釈をよむと、ちょうど今日、このあとタイムスケジュールどおりにことが運べ
ば、夕刻頃にバスでとおりかかる予定の場所で、その付近のその聞いたことのある
地名と川の名前がでてきた。
 その資料を見たときにはもういとことの話などすっかり私は忘れていた。
その聞き覚えのある地名は資料からみるかぎりでは、何の変哲もない街並み。
   よくみると、南国独特の少し異国の感がただよう街並みだった。
 いくら思い出してみようと記憶をたどってもどこでその地名を目にしたのかが
思い出せない。
 だけれど、なんだか重要なことをわすれているような妙な感覚が残った。
 
 
その資料に印刷されている海に近いその川にまつわる逸話が遠慮深く印刷されて
いた。そこにはこう記されていた。
   その昔、その川の、ちょうど対岸に愛する若い男女が住んでいて、その場所で
逢瀬を繰りかえしていたそうだ。しかしある日大雨で川が増水しお互いを探しに
でかけて行方不明になってしまった。
 天の川にもならない、おちもなにもないそんな話だった。
 ひと世ふた世代前の戦争の痕跡がたくさん残っているようなその南国のかの
地で、どうしてそんな逸話がさも大事そうに残されてるのか?
  天の川にもいけないその男女は洪水の直前の夢を永遠に見続けるのか?
 
   ノアの方舟の大洪水の真相は豪雨とも大津波ともいわれている。
 かつて、この南国の地にも、方舟のたどりついたアララト山のあたりのように、
噴火と地震と大津波や大規模な海底の隆起運動があったとされていて、そういう
海底のプレート活動で、現在の形になったと聞いたことがある。
   現在八重山諸島に浮かんでいる石垣島、竹富島、小浜島、黒島、新城島、西表島、
由布島、鳩間島、波照間島、与那国島この10個の島々はそういう海底活動による
隆起によって形作られたという説もある。東には宮古島の北に尖閣諸島を見渡す。
  ノアの箱舟の神話には、神の指示で地上に住むいろいろな種類の動物を雌雄一対
ずつ方舟にのせたとある。
  地上で大洪水に流された一組の男女と、ノアの方舟の寓話と、長い歴史の間に
侵略や戦争と絶えず向き合ってきた、この南の島のいくつものシンクロニシティ。
   ある種の宗教や文学や伝記というものは、時にまざまざと偶然や神話や運命論の
ようなものが、決して不確かなものではないのに当たり前に存在し、それは私たち
人間にとって生と死という避けがたい絶対的なものの意味へと、たどりつくための
足がかりみたいなものだということを教える。
  けれど、かんたんには私たちのもとにノアの方舟はやってこない。
  それでもいつの日か天空にたどり着けることを人々は信じている。
   愛し合う男女はそういうことを信じるのだ。
 私には4年程前に海外に転勤した恋人がいたのだが、向こうに行ってすぐ音信不通
になった。簡単には信じられなかったからだ。

  その日は予定通りにことは運ばず、北部にある工房で夕方まで足止めになって
しまい夜になってから、市街地まで戻ったとは言っても、その北部地域の工房が
前回取引をした業者で、今回はそこの経営者の好意で、私も琉球ガラスの制作を
させてもらておかげでえらく時間がかかった。
 もちろんこちらから特注で、年末までの納入期限での100個ほど限定品の契約
をさせてもらい、まあそれのおまけではないが、好きなように作ってみてください
というお言葉に甘えて、制作をしてきたのだ。
 沖縄独特の方言があるので、私には会話が聞き取りづらいのだが、とても気さく
な感じの経営者で、その、限定品のデザインに関しての企画会議がメインで、
もちろん製作者側の都合や予算の関係もあるので、午前中の商談を済ませて、
急ぎで北部地域に向かって、その工房でのその日の仕事は暗くなる時間までか
かった。
             
  滞在中の2日間、私自身は島の南方にある都市部の市街地に滞在して、北部の観光
地との間を往復したのだ。琉球ガラスの製品のバリエーションを確認するために時間
を惜しんで往復した。
   結局、限定品の契約と、もう1箇所で、3種類ほどの売れ筋になっている商品の
契約を済ませて、3日目には、カタログ用の写真を撮影しに出かけた。


  そして移動中の暇を見つけては何故か沖縄の観光用のパンフレットを、なんとなく
何度となく眺めていて、結局気になって、帰りにすべての用事を済ませて、そのどこか
で地名を聞いたその場所に、なんとして立ち寄ることを決めた。
 帰りの航空券の時刻はまたもや夕刻で、羽田にはライトアップされた東京を一望でき
る時間に到着する。

  その川はわりに代わり映えしない感じで、けれど川に続く海は南国の色をしていて、
水平線は見渡せるかぎり、グリーンに輝いていた。
   その水平線は愛と死の境界線のように、空の境目をくっきりと分けていた。
 悲しみの色合いが悲しい男女の話を思い出させる。
   私は、サンプルで持ち帰ってきたその琉球ガラスのタンブラーの吹きガラスになって
いるブルーに染まって光に反射するあわ粒の光を漠然と思い出していた。なにかあたり
の空気がしん、とした感じがした。
  その途端、以前観光した時にきいた戦時中のそれはそれはむごたらし話しとともに、
成田空港の、滑走路を飛び立つ飛行機のシルエットとか、いろいろな光景が瞼の裏に浮
かんでは消え、自分でも驚いたがふと突如として目頭が熱くなって涙がこぼれおちた・・・
   
   天の川では七夕になれば織姫と彦星は天気さえ味方すれば会えるのに、かの川
では時間は止まったまま。その川が存在し続けるかぎり、そのふたりは天の川に
はたどりつけないのかもしれない。
 
 たとえばものすごくきれいなメロディのラブソングであっても、その歌が悲しけ
れば悲しいほどなお、天上か地の果てかもわからないラブソングに共鳴すれば
するほど、なお。
   
    そして戦争時代の悲しい爪痕と、その男女の悲話はかつてのたとえばブルース
という音 楽のように感じた。




                                                 〜  to be continue 〜



         


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天空にかかる白い橋 3 [story [物語のスペース]]

戦争がもたらした因縁と、因果と。そして、そのことをはるかに超える南国の
地の長い歴史や天国のような景色を目の前にして、人間の存在の小ささや
儚さを考えていた。
  それでも、人間という生き物は、そういう一見負の部分にみえるような
共通項でも、わかりあえる日々がいつかやって来ることをいのるのだとおもう。

  沖縄民謡の歌い手をウタサーという。戦後は収容所などを中心に焼け跡の中
興行をおこなったという。
  当時、ウタ・サンシン(三味線)が、庶民の心をつかみ、琉球民謡(シマウタ)
は、それはブルースのように庶民の心に溶け込んでいったそうだ。琉球民謡独自の
音階を勇壮に 奏でて。
         
   そんなことをつらつらと考えながら、どこにでもあるような、どこにでもいる
ような男女の悲恋の逸話が残るその地を後にした。

  そして滞在後1週間程して私は少し暇が出来たので先日の滞在でなんとなく気
になったことと、カタログのネタ作りの原案を探しに図書館へと足を運んだ。
  平日の図書館は思ったよりもいつも人がたくさんいて、みんな静かに自分の目的
の書物を熱心にさがしている。その図書館は最近改装したらしく、ガラス張りの
部分が増えて光が入りやすく設計されているようで、備え付けの長椅子に腰掛ける
となぜかホッとした。
沖縄関連の書籍は歴史・民族の項目にいくつも並んでおり、その中から沖縄の第
二次世界大戦後の歴史についての本を手にとった。
   中には年表のような感じで、歴史的事実が要約してあり、そこには1945年
に沖縄本島へ米軍が上陸したと書いてあった。そして本土戦となり1951年に
サンフランシスコ平和条約によって琉球諸島がアメリカの信託統治下に置かれる。
そしてほどなく1953年12月25日、奄美群島のみ日本へ返還された、とある。
   その後20年近く沖縄は米軍の統治下に置かれたままになるのだが、ベトナム
戦争によるアメリカへの風評や、沖縄での暴動などもあり、1972年5月15日
正式に沖縄は日本国に返還されたとなっている。

   ほかにもズラッと並んでいる書籍の中、沖縄県の文化や風習について記述された
文献もたくさんあったが、私はその中のいくつかを手に取り図書館の長椅子に腰掛け
てそれらに 順番に目を通した。
  
 そもそもの琉球王国というのは、中国と東南アジアと日本の中間地点の貿易国で、
王国として長いあいだ独立していたので、独自の文化風習を受け継いでいた。
現在でも残っている伝統行事は、多くは収穫祭で、それ以外の祝日などは新暦を用いて
本土とほぼ横並びだという。
  新暦とはグレゴリオ暦といって、地球が太陽の周りを回る周期でその周期は約3
65日だ。
  その新暦が現在私たちが使用している暦で、365日を12ヶ月でわけて、
4年に一度閏年を設定することで旧暦とのズレを修正している。どちらかというと、
天文学に近い種類の学問だろう。
   一方旧暦は、月の満ち欠けと周期運動を基準にした暦で、月が地球を回る周期を
29.5日としひと月を29日か30日で区切り、一年を12ヶ月で計算すると、
一年が約354日と11日程度短くなってしまうので、3年に一度13ヶ月の年を
つくり太陽暦とのズレを修正する。簡単にいうと、旧暦の方の1年間が11日程度
短いのだ。
   そのため、3年に一度くらい、いいポイントで同じ月を2回繰り返すことになる。
   少しややこしいのだけれど、これを閏月とよぶ。
月の満ち欠けと周期運動にかかる暦なので遥か昔には、いつ閏月がやってくるか
も直前に発表されるまではわからなかったそうだ。そして、現在では二十四節気で、
1年間を24等分したそれぞれの分割点に季節に関わる名前をつけ、そして二十四気で、
太陽太陰暦における月名を決定しそのズレをさらに修正しているという。朔日 
(新月)の日が二十四気における1日前後に対応するように月名を決める。
   
   アジアは、太陰暦を使用するという独特の文化圏の中で、明治初期を迎えるまで、
西洋文明とは異なる秩序の中で、琉球王国のような小国をいくつも挟みながら独特
のバランスで均衡を保ってきたのだ。
  そういう長い長い年月を一気に打ち破るように明治維新はおきてしまい、琉球
王国は植民地化されて、相次ぐ世界大戦を招いてしまったのだ。そのことが歴史
の中での教訓としてこの先の新たな長い歴史に生かされるのか、それとも人間は
同じ過ちを幾度も繰り返すの
かは神のみぞ知る。




                                         〜 to be continue  〜




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天空にかかる白い橋 4 [story [物語のスペース]]

カタログに掲載するネタに使えそうなものなど、を参考までによくこう
して調べたりするのだが、今日は午前中にここにやってきて没頭して次
から次へといろんな書籍に目を通していくうちにあっという間に時間は
過ぎてしまい、気がついたときには夕方の4時を回っていた。

  返還からまだ、40年程しか経っていないその南の島は、アジアの
中間地点で今もその独特の精神を引き継ぎ後世に史実を残すべく存在
している。
   私の記憶のかの地は、その歴史が刻んできた王国という風格を存分
に漂わせた佇まいを残しながらも、また、中間地点であるが故のスピード
感をもって変化をし続けている。

   結局私は、カタログのネタとして、旧暦で行っている沖縄の昔の風習
のネタをなんとか記事に盛り込むことを考え、沖縄で撮影した


   いくつかの写真の中で、非常によく撮れている写真があったので、そこに、
沖縄の方言に関する記事を載せることを計画し、原案をノートにメモ書きし
て図書館をあとにした。

   ふたたびいとこのもえが自宅を訪れた。彼女は最近一ヶ月に一度くらいの
ペースで現れる。
   春先にボーイフレンドができたといっていたので、いろいろ忙しそうな
様子なのだが、まあ、彼女の来訪は退屈しのぎにはちょうど良い。
 もう季節はすっかり夏を迎えていた。

    私は、もえにいくつかの土産を購入してあったので、もえがやってくると早速
先日の話しを、彼女に聞かせた。
   突然の連絡があり、急遽沖縄に出発することになったことや、そこに行って琉球
ガラスの商談をしてきたこと。また、カタログのアウトラインまで作成し、かなり
ハードな日々だったことなどをだ。
 もちろん最後に訪れた川の話も彼女にはなしてみた。
            

するともえは首をかしげて、
「そこって有名なところ?」
と、さも不思議そうにわたしに尋ねた。
「やっぱり?きいたことある地名だなあと思ったんだけど。」
わたしも、その地名のことがずーっと滞在中に気にかかっていたので、もえの
反応をみてかんちがいではなかったと、やっぱり一度ふたりの話題にでた地名だ、
と思った。
もえもしばらく難しい顔をして考えていたのだが、急に甲高い声をだして
「わかった!!」
とうれしそうにいった。
ちょうど少し前に我が家を訪れたときにいとこのもえ自身が持参した、誰かから
もらったという例の宝の地図だのなんだのの、その例の場所だった。
             
  あとから聞いた話だが、その地図の真相はまあ心配していたほど複雑な話では
なくて話を聞いてから内心ホッとした。

  地図の持ち主は少し疎遠になっていたもえの友人で、その友人は大学入学を
機に沖縄から上京していたそうだ。すこしエキゾチックな雰囲気のある彼女は、
笑うととても幼く見えるが、愛嬌のある可愛らしい女性で、名前は美紀という。
          
  もえは、入学してすぐのとある機会に美紀と懇意になりここ何年かほかの友人
たちと同様に付き合いをしていたのだけれど、美紀の方が家の事情とやらで昨年
休学をして郷里に戻っていて、そのあいだと言っては何なんだけれど、もえの方
には急に親しくなったボーイフレンドができて、彼女は忙しくなったようだ。

 そのボーイフレンドの話しは、耳にたこができるほど聞かされたのだが、彼とは
民族楽器を扱う音楽サークルで知り合ったらしく、なにか、都内なんかに暇を見つけ
てはふたりで音楽会に出向いていたようだ。私はというとそんなもえの話しをいつも
微笑ましく思って聞いていた。
   わたしはちょうど、仕事が順調に動き出していた時期だったので、自分自身の
恋愛話な んかは、結婚のチャンスを逃した4年ほど前から、全くさておいて、という
感じになっていたからだ。

 ところが今年になってそのもえの沖縄の友人美紀が復学してきたのだが、彼女が
大学に戻ってきてみると、彼女自身が懇意にしていた友人がすでに4年を目前に
退学しており、また、ほかの友人は就活に忙しくなったりで美紀は1年の遅れを
取り戻すことが、大変困難な状況になってしまったらしく、もえもまたほかの
友人たちと同様に就活とデートで忙しかったので自然と友人づきあいから遠ざ
かっていたのだった。

 それで、少し前に、彼女は自分の実家に招待をするつもりでその地図をネット
上だかなんかで印刷してきたんだか、コピーしてきたんだかで、その時居合わせ
た数人の友人に美紀が手渡しをしてきたのだが、なんだかもえも休学の経緯を知
らなかったし、ほかの友人ともちょっとした行き違いがあったらしく、美紀が突然、
「それ宝の地図だから」
と言ったきり、その場を離れてしまったので なんとなく気まずくなった。そして、
1ヶ月ほど顔を合わせることもなくすぎてしまったので、もえはとても彼女のこと
を心配していたのだ。
 
   ところが、その日、本当に偶然に大学構内から正門を通って帰り道にさしかかる
ところで美紀に偶然出会って、ふたりはお互いに気がかりになっていたことがたく
さんあったので帰り道を歩きながら、寄り道の相談をして、駅に向かった。

   それはまだ、初夏には少し遠い数ヶ月前のとある夕暮れだった。じめじめといま
にも雨がふりだしそうなかんじの空模様でその沖縄の友人美紀といとこのもえは駅
にほど近いカフェに立ち寄った。

 その場所はオープンテラスのある、明るい感じのイングリッシュガーデンといっ
た趣の店で、その日は残念なことに雨が心配だったので、店内の木製の二人がけの
テーブル席についた。
美紀は早速切り出した。
「この前のことは気にしなくていいよ。」
それはもえが美紀にぞんざいな態度をとったことに対してだった。
もえは言った。
 「ごめん。休学の理由知らなくて。」
もえがそういうと、むしろあっけらかんとした表情で
 「うん、でもまあなんていうか、学校に早く戻れてよかった。」
と言った。
   くわしく話しを聞けば、美紀の母親が体調を崩して入院をしていたのだそうだ。
まあ、年のせいもある様子なのだが、過労で突然倒れてそのまま1週間ほど入院を
して、3ヶ月ほど通院生活を余儀なくされたそうだ。
  急な連絡だったので、一大事かと思 いきって休学の申請をして、郷里に戻ったそ
うだが、幸い大事にはいたらなかった。ただ通院生活がある程度落ち着いたら、
東京まですぐにでも戻ろうと思っていた。
  美紀の方が、母の退院後すぐに、忙しさからか熱を出してしまい、結局、休学の
申請を出したのが昨年の秋頃だったので、そのまま春までゆっくりと休養する羽目
になったそうだ。

  正直、最初はなれない東京生活でかなり大変な思いをしたそうだから、やむを
得ないことだったらしい。上京当初の頃から、もえは美紀と非常に懇意にしてい
たので、お互いが独居をしているワンルームマンションなんかにも行き来していた。
そんな中、かなり食生活や文化が違う彼女から、もえが受けた影響というのは
非常に大きかったらしく、そのことが起因してのちにその民族楽器サークルに入部
することになった様子だった。

  いっぽう、美紀の方も、慣れない都会の生活の中で、生活習慣も風習も全く
違う友人たちに取り囲まれながら、必死に生活に馴染んでいった。それは非常に
彼女にとっても大変なことだった様子で、そういったしわ寄せのようなものが
一気に美紀の母の病気をきっかけに出てきた様で、けれども、しばらく休養した
彼女は持ち前の南国の人特有のおおらかさを発揮して、もえは、出会ってすぐの
ころの美紀を思い出していた。

  ふたりでこうしてお茶をするなんて、随分久しぶりのことだった。
 
  美紀はこの店のハニージンジャーティーが大好きで、それを注文した。もえは
このあと 提出する課題があり、今日は夜遅くまでその課題をやらなくてはなら
なかったので、エスプレッソを注文した。

  そういった今までの経緯もあったので、美紀はもえのボーイフレンドの話
しが聞きたくてうずうずしていたようで、根掘り葉掘りもえに質問してきた。
いつ付き合い始めたのかとか、どんな感じの男性かなどだ。
  もえは適当に話しをごまかしていたが、内心少しまいっていた。
  それで、美紀に、
「そういえば、実家に招待してくれるの?」
といって、うまいこと話しを逸らした。話は逸らしたのだが、久々の友人との
会話はとても心躍るもので会話は次から次へと弾んだ。すると美紀は、
 「あ、そうそう、本当はみんなと一緒に卒業旅行行きたかったよ。私、
ずっと沖縄に住んでいたでしょう?だからこっちに来てから初めて雪がふる
ところをみたの。北海道とかいってみたかったよ。」
と明るく笑って言った。
   美紀の事情では、1年遅れではもう地味に学生生活を送るしかないし、
ましてほかの子達はみんな別で卒業旅行に行くことになるのでせっかく
出会って友人としてもう4年にもなるのだし、しばしのお別れと、来年の
美紀の卒業の前祝いに、もえは美紀の提案に乗るつもりだった。
   それと、美紀自身は、今年はもうそんなにあわてて単位を取る必要も
なかったからだ。
そんな話しをしていると、いつのまにか窓の外には雨の雫がポツポツと
落ち始めていて街角は陽も落ちて薄暗くなり始めていた。

 

「それで、結局いつごろだったら沖縄に招待してくれるの?もうきまったの?」
 もえはそうきいた。
「もっと暖かくなったらいつか、必ず来て。」
 美紀は力強くそういった。
もえは、強くうなづいた。
 「必ずだよ」
 美紀は繰り返し、そういった。
      
「彼女があの地図を持ってきたときは、まだ
 細かい事情はよくわからなかったんだけど、
いろいろ話しもできたし、くわしい事情もわかってよかったよ。」
 もえがあっけらかんといっていたので、わたしはひと安心した。なぜなら、
例の逸話がすこし悲劇チックなので、もしかするとその地図を渡した主に
複雑な事情があるのかもなどとふと、つい変なことを想像してしまったからだ。

   わたしは、もえが友人との話をしているあいだ、もえに買ってきた琉球ガラスのタ
ンブラーを部屋に差し込む陽射しにかざすようにして眺めていた。
   沖縄の海と空を連想させるその光の反は本当に美しくて、いつまでも光にかざし
た青い色は色褪せることがないのだ。

   まあ、もえのデートの自慢話はもう充分だとして、私の主観ばかりなのだが、
今回の沖縄に行った感想なんかをもえに話しをして聞かせた。そこにまつわる逸話や、
その場所がどんな場所か、私が調べた沖縄についてのすこし雑学めいた話など
を熱っぽく。
私はとくに、沖縄の神話信仰の話が気に入ったということや琉球ガラスの発祥に
ついての話なんかをもえにながながと聞かせた。
  例えば沖縄の琉球ガラスというのは、技術自体は随分古くからあったらしいのだが、
太平洋戦後に米軍で廃材になったコーラやビールなどの空き瓶などを使って戦後盛んに
再生された工芸品だというような話しだ。

  明治以前、琉球漆器などの工芸品を中国や日本に輸出し、代わりに中国産
の陶磁器などを東南アジアに輸出したりして貿易に国力を注いできたのだが、
戦後の資源不足により、工芸品をつくる独自の文化が衰退してしまったため、
廃材の利用をして琉球ガラスを作り出したという。現在ではそんな経緯があっ
て琉球ガラスが作られたということをしらない人々も観光土産に購入していく。

「まあ、海底遺跡もいいけど、参考になったよ。ありがと。ちなみにあの地図は友人
の実家の付近の地図だったそうです。あしからず。」
 もえはニコニコしながらそう言った。

 
  窓から公園の街路樹が、キラキラと強い日差しに輝くように風に吹かれていた。
遠くに旅客機がまるで音をたてるようにス ーっと飛んでいて乾いた空の切れ切れになっ
た雲の間にいつのまにか消えていった。ここから見える飛行機は、成田を出発した
旅客機とモスグリーンの自衛隊機だけだった。
 
  そう、あの、沖縄の強い日差しと青い空の下をものすごいスピードで駆け抜ける
米軍の戦闘機とは、少し訳は違う。でも、おそらく重ねてきた歴史は、同じアジアの
民族として、痛みを共有できる範囲のものだ。

  今でも最初のうちに沖縄を訪れた時のことは鮮明に記憶に残っている。いろいろな
思い出が沖縄にはあって、沖縄の人々がゆいまーるという言葉に似つかわしい恒久の
平和を手にいれることができるような素晴らしい世界や新しい時代が少しでも早く
訪れることを願っている。
   そして、二度と国境によって、戦争によってこの八重山諸島と、日本の本土が
分断されることのないように。
   人間が区切った国境という飛び越え難い垣根で、血を分けた家族やかけがえない
同じ時を過ごした友人や、愛する人が永遠に離ればなれになることのないように。

    
   2000年に沖縄でサミットが開かれて、もう15年も時は過ぎ、アジアの
太平洋上で太平洋戦争中にたくさん命が犠牲になって、 70年が経った。

   緑色に輝く水面から砂底を覗くと、水はクリアに透き通っていてその美しさに
びっくりする。そして、そこには神様たちが生命を与えた、という言葉がふさわしい
感じの、色とりどりの熱帯の魚たちが、神話を彩るかのように悠々と泳いでいる。

   琉球ガラスに色を着色するときにはブルーにはコバルトを、スカイブルーには
酸化銅をグリーンには酸化クロムという薬品を使うそうだ。そして、ガラスにひび割れ
模様を入れるには、熱く熱せられたガラスを水に浸してもう一度熱すると一度入った
ひびが再びくっつきひび割れ模様になる。
   泡ガラスという模様をいれるには、素地に重曹を攪拌して、あの乱反射をする独特
の風合いを出すのだ。
   そして、あのガラスの色合いや模様の様にまるで神様が手を加えたかの如く、
天国のように透きとおった八重山諸島の海原が、今日も、どこまでも果てしなく
続いている。
 
                                                        〜end〜


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いるかの夢 [story [物語のスペース]]



  「いるかのゆめ」


 

   とある海辺の水族館のおはなし。

 いるかのりりちゃんの先生をしているおねえさんは、

  りりちゃんといつもなかよし。

 水族館にあそびにくるこどもたちのために、朝早くから

  いるかのショーの準備をします。



 

 朝の水族館は、水辺に乱反射する金色の太陽の光をうけて、

  シャチやあざらしたちはとてもきもちよさそうにしています。



 

この水族館には、シャチやアザラシだけでなく、ペンギン

海にすむいろんな種類の魚や生き物たちが人気者の

イルカのリリちゃんと一緒に住んでいます。




 

 



 

バケツにいっぱいの小さい魚をかかえて、先生はりりちゃん

のくちもとにその魚をもっていきます。先生は、ウェット

スーツという仕事用の紺色のゴム製の服をきていて、りり

ちゃんはパクパクとおいしそうにさかなを食べます。エサを

食べ終わって元気いっぱいになったりりちゃんは、大きな

プールで悠然と気持ちよさそうに泳いでいます。


    

  水族館には、たくさんのこどもたちがりりちゃんに会うのを

 楽しみに毎日、大勢おしかけます。



 

水族館に来る子供たちの中には、水族館の生き物たちに小魚

を与えるのをみて、怖がったり気味悪がったりして、なかに

は泣く子もいますが、ショーが始まってしまえばみんな

りりちゃんのことが大好きです。



 

 じつは、魚や水生生物の一部は人間のとても遠い祖先です。

 人間の体にはDNAという遺伝子があり、それは生き物共通

 のもので、生き物の種類によって、形やつくりが少しずつち

 がいます。



 

最近、遺伝子の研究をしているえらい学者さんが、人間の

遺伝子とメダカの遺伝子のうちのひとつが同じ形をしてい

ることを、発見したとかしないとか・・・・


 

いるかという生き物は、通常群れをつくって生活をしています。

海では、いるかが集団で波にのっている姿を目にすることもあ

りますが、じつはその群れにもきちんとした社会があり、基本

は母系社会で、母いるかを中心に群れをつくっているそうです。

   

    そしているかは、なにより感覚機能がすぐれていて、以前、                                                             いるかの音感を戦争に利用しようと研究していた国もあるのです。

また、いるかは超音波を感知する能力があり、その鳴音を利用                                                        して、いるか同士がコミュニケーションを成立させている。



 

それは、地上で鳥が求愛をしたり、仲間たちで合図をかわすような

感じのもので、人間には意味はわかりませんが、泳ぎながら群れを

つくり、いるかたちは、鳴き声によってコミュニケーションを

とります。



 

また、いるかは視力も発達しているので、芸をしたり、真似を

したりもできます。いるかのりりちゃんの先生は大勢のこども

たちの前でそんなかんじのいるかの習性について、いろいろと

説明していきます。



 

「なにか、しつもんはありますか?」

   先生はききました。

「やっぱりともぐいするの?」

  あるおんなのこがりりちゃんの先生の顔色をうかがうように

  ききました。

 おそるおそるといったかんじに。

  すると、りりちゃんの先生はあるお話しをしてくれました。

「人間が魚をたべるのと、同じことだよ。イルカは哺乳類と

  いう人間に近い種類の水生生物で知能のある高等生物なの

   で、栄養を摂取するために、海の中で、捕食をするんだよ。

  そして、人間が魚をたべるのと同じように小魚をたべるんだよ。」

 先生はすらすらと、なんでもないことの雰囲気で説明をしました

「でも食べられてしまう小さなさかなたちはかわいそうだよね?」

  さきほど質問した女の子がもう一度聞きました。

「たしかに、少し怖い気がするね。でもそれはだいじょうぶ。あな

 たもおうちで食事をするときにおさかながでてくるときもあるで

   しょう?

 それと同じことで、りりちゃんたちはおおきくなるために、

   小さな魚たちを食べたりする。捕食されたこざかなは海の中

   に生活する新しい別の生命をはぐくむ生き物の栄養になる

    ことだからうまれかわることとおなじようなことなんだよ。

    そのことを食物連鎖といって、自然のだいじなサイ

 クルで、海でも地上でもそのバランスで生態系がなりたって

    いるんだよ。」

 りりちゃんの先生の説明はいつもとてもわかりやすいのです。

 「ほかにも質問があるかな?」

  ふたたび、りりちゃんの先生はいつものとおりこどもたちに

  声をかけます。


 「せんせい、ピンクのイルカは人間をたべちゃうんですか?」
  ひとりの男の子はおそるおそるききました。

 りりちゃんの先生は大笑いをして、

「いろは関係ないよ。エサはどのイルカも同じ、ピンクもみずいろも 。                                       もちろんいるかはとても温厚ないきものだから人間におそいかかって                                         くるようなことはな いから安心して。」                                   

  といいました。でも先生はピンクのイルカはアニメでしか見たことが                                         ありませんでした。


もしこの世にピンクやオレンジのイルカがいるのなら、むしろりり

ちゃんの先生はもっともっとがんばって泳ぎを練習して、そのイル

カたちと一緒におおきな海を泳ぎたい、

と夢のようなことをおもいました。



 

きっと、今日、先生にしつもんしたこどもたちも、ピンクのいるか

が人食いいるかではないということ話したので、これからはカラフ

ルいるかと泳げる日を夢見るようになるでしょう。

  りりちゃんの先生とりりちゃんはとてもなかよしで、りりちゃんは

 手をたたいたり、先生にチューをしたりします。



 

 先生がりりちゃんをかわいい、かわいいすると、いつもよりたく

 さん手をたたきます。ぱちぱちと音がするくらいです。



 

 先生とりりちゃんは、こどもたちがいるショーの間もいつもた

 くさんおはなしをします。



 

「プールは気持ちいい?りりちゃんもいつか海でおよぎたいねえ」



 

 りりちゃんはその言葉によろこんでいるように、とても大きい

 プールを1周ぐるーっとまわってジャンプをしました。



 

 子供たちは、水しぶきをあげるりりちゃんをみて、よろこんで

 大きな拍手をします。

 子供たちの前でりりちゃんと先生のおしゃべりは続きます。



 

「りりちゃんのつかっているプールは先生がいつもきれいに

 おそうじをしているから、とてもきれいなあおいろをしている

   でしょう?

 でも自然の海は、人間がけんかをするからよごれものがたくさん

    うかんで

 悲しい色をしているんだよ」



 

 りりちゃんは、こどもたちといっしょに真剣にはなしを

   きいています。

 「先生は人間がけんかをするのはかなしいなあ 」

 りりちゃんも、あいづちをうつようにかなしそうにキューンと

 鳴き声をあげます。

りりちゃんはきっと、夢でもみるみたいに海を思い浮かべて

いるのでしょう。

りりちゃんはここからすこし遠くの海からずいぶんまえにこの

水族館にやってきたのです。

いつかもどれるだろう遠い海を思い描いて・・・・

 「人間がけんかをやめたら、海はきれいになるの?」                                                       こどもたちのひとりは、不思議そうにけれど、

      とても真剣に先生にききました。


 「人間が、戦争や喧嘩をする時間を海をきれいにするために使える

 くらいこころにゆとりのあるくらしができるようになればね。

 人間が金や権力のために戦争をすることを放棄できるときがくれば

 のはなし。いまでも、昔に戦争で使われた兵器の残骸なんかが海底

 に沈んでいたりするんだよ。むかしの戦争は実際に太平洋の海の上

 で長い間続き、たくさんのひとたちが亡くなったの。でも、何十年

 たったいまでも、地球上であんなに大きな犠牲をはらって長い戦争

 をしたのに、まだ、戦争をつづけている国もあるんだよ。」



 

 こどもたちは、シーンと静かに話しをきいています。りりちゃんの

 先生はかなしそうに話しをしました。海は地球にとって大切な、

 生命の営みを支える誕生の象徴です人々は人間のエゴだけでこの

 大切な海を長い時間かけて汚染させてしまいました。



 

戦争がおきれば、兵器に使われる残留物質で、海は荒らされ

生態系は破壊されてしまいます。

そして、それらは長い間ずっと海水や海底に蓄積して、

魚たちに異変をもたらしたり、

人間が母なる海の恵みの恩恵を授かれなくなります。

そして、長い間その影響が残ってしまうのです。


 

  じつは、りりちゃんはすこしおはなしができるのです。

 「ともだち」

 という言葉を真似することができるのです。                                                             

 「りりちゃんとせんせいはなんだっけ」と聞くと、
「きょーきょーきゃーきゅい」(ともだち)


 それをきいたこどもたちは、とても大喜びをして、                                                                       
りりちゃんにいままでにないほど、                                                                                                          大きい拍手をしました。



 

りりちゃんは、ほかにも輪をくぐったり背びれに人を乗せたり

ボール遊びをしたりいろんな遊びができますが、言葉をま 

ねて声を上げるりりちゃんが一番人気があってとてもかわい

らしくみえるのでこどもたちは大きな拍手を忘れません。



 



 

 こどもたちが家にかえったあとの夕方の水族館で、先生は

 何時間もりりちゃんとお話しをします。



 

夕方の水族館はひっそりとしています。海からの風は涼しく

波音も静かです。



 

「りりちゃんと先生はともだちだけれど、先生はもう家にかえら

 なきゃいけない。

 先生は一日中りりちゃんと水遊びができないの。」


 

「きゅーん」
 りりちゃんのかなしそうな声。

「でも先生はりりちゃんたちのために、お休みの日をつかって、

 海がきれいになるためのお仕事をお手伝いしているから、

 りりちゃんはいつか海に帰って海にいるりりちゃんのほんとう

 のお友達とくらすんだよ」

 先生はりりちゃんにいいました。

 りりちゃんはおはなしすると声をあげたり相槌を打つように

  なくのですが、りりちゃんに言葉の意味が分かっているか

 どうかはだれにもわかりません。


 だけれども、さきほどせんせいがしたおはなしに、

 りりちゃんはまるでうなず

いているように、ちいさな音で、きゅん、きゅん、

と声を上げるように、音を

何度もたてていました。

 水族館の向こうにみえる海には、オレンジの

 夕日がしずんで、海の波に夕陽が反射をして

 ちぎり絵みたいに見え、とても美しくかがやいています。



 

はるか水平線のかなたには、暗くなり始めた夕空に金星

がクリスマスツリーのてっぺんにかがやくベツレヘムの

星のようにあかるく光り輝いて、その空は

ステンドグラスのようです。

 水族館で暮らすほかの生き物たちも夕方水族館の客足が

 途絶えてひっそりとしてくると

 すみかにしている専用のスペースへと

 かえっていきます。

 りりちゃんは多くの生き物がそうであるように、

 いつか生まれ故郷の遠い海に戻り、

そして長い年月ののち、そこで永遠の眠りにつき

海の水と一体となってあたらしい

生命をうけ生まれ変わるのです。



 

 人間のこどもは、この世に生を受けてすぐのおか

 あさんのおなかのなかで、魚のようなかたちで、

 おかあさんのおなかの海の水のようなところにぷかぷかと

 浮かんで、おかあさんの体からそとにでてくるのを

 一年近くもまつのです。それまでの長い間、そのなか

 ですやすやとどんな夢をみてるのでしょうか・・・

 あしたはりりちゃんに、うまれかわりの話しをきかせて

    あげよう、

 とりりちゃんの先生は思いました。



 

 人間も動物もなんども生まれかわって、地球上に

 たくさんの歴史を築いてきたんだ、

 ということを。りりちゃんもなんどもなんどもうまれかわ

 るうちに、いつの日か人間のこどもに生まれかわる日がく

 るかもしれないのだから。



 

そのときこそ、先生と、ほんとうのおともだちや兄弟に

なれるんだよ、と。

 そうすれば、いまよりもっと高い空を、水の上をジャンプ                                                                  しなくっても、雲の上をジェット機や飛行船にのって                                                                          世界中を飛び回る事だってできるんだよと。



 

 オレンジ色の水平線に、太陽がゆっくりゆっくり高度をさげて

 輝きを増しながら沈んでいきます。遠くにおぼろげにみえる

 タンカーや、ウィンドサーフィンをしている、ヨットがちらほ

 らと水面のオレンジ色に呑み込まれそうになりながら、浮かん

   でみえます。



 

 海の日暮れはとても長い間、周辺を夕焼けよりも鮮やかな

 オレンジ色に染めて、いつまでも、ひんやりとした風が

 水族館のあたりを

 しずかに吹き抜けていました。

 著作権はブログ作成者です。 掲載した作品の2次使用を禁止します。   

19740911051



 


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