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2017年の夏 今心の底から思うこと [sports]

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郊外のベッドタウンのさらに、農村地帯といって
も過言ではない、私の住む地域(´∀`)
    
    
そこここに畑や水田や、梨園や葡萄畑があり、
夏は、空スペースのあちこちに向日葵がたく
さん至る所に咲いている(^o^)
文字ずらだけみると、ワイナリーでもあれば、
プロバンスも顔負け( ˊ̱˂˃ˋ̱ )まではいかないか?
     
  
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ひまわり以外にも、ひまわりの八重咲種や、
グラジオラスなんかも咲いている(^○^)
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娘の中学の総体の剣道の試合が終わったが、
今まで必死にチームが不調でもかならず頑張っ
て白星を積んで来たのに、よりによって、最後
の試合、個人戦はシードではあったが、団体戦
も本人が二本あっさり相手に取られてチームも
惨敗してしまった(T . T)
   
終わって駆け寄ると、彼女は面を外して顔を体
育座りして突っ伏してずっとずっと泣きじゃ
くっていて、頭を撫でていてあげることしか、
母である私にはできなかった。
    
どんなにみんなが負けてしまっても、最後まで
絶対に諦めずにいつもかならず勝ち星をあげて、
絶対にチームを惨めにはしなかった、我が娘の
頑張りをとても誇りに思いつつも、こちらまで
涙が溢れてしまった。
    
きっとこれからの人生、このようなことが何度
も何度も彼女に訪れるだろうが、このことを忘
れないでほしい、と思った。
幼稚園の頃に、転んで泣きじゃくる娘の頭を
撫で続けたような気持ちで、ただ、何も言えず
に頭を撫で続けた、母である私をずっと覚えて
おいてほしい、と思った。
 
人一倍努力家で、負けず嫌いだが、いつもかな
らず最低限の結果でも周りに文句を言わせない
ような結果を出して来た娘だ。
   
勝たせてあげたくても、人生の本当の場面は、
自分ひとりの戦いだということをいつか、娘
や息子たちが理解して、大きく成長してくれる
と祈っている。
   
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先月の北欧ネタのこのブログに掲載したのは、
実はミニ向日葵と造花の向日葵でした(´・_・`)
       
やっと、向日葵の最盛期には入り、私は鬱陶
しい曇りの空の下、その辺りでやみくもにシ
ャッターをきって向日葵の撮影をしてみ
た(*´∇`*)
今回はすべて本物です。
       
今の若い人たちはもしかするとそういうこと
が希薄なのかもしれないが、子供を産み育て、
それは時には必死に叱って、必死になだめす
かし、私の勉強する姿を見て、心の中では
「この姿を見て必死に追いついてほしい」と思
い、マラソンをすれば一緒に走り方を教え、
バレンタインや誕生日には一緒に台所で作り方を
教えながら、家庭科の先生のような気持ちでお
菓子を料理本首っぴきで作り、そうして、
仕事を抱えながらも手落ちはたくさん
あるだろうが育てて来たのは事実だ。
      
そして、私が普段勉強をするテーブルで、
テキストを広げ勉強する娘の姿に気づくと、
内心嬉しくなった。
無意識にだろうか、私が勉強するときと同じ
ような姿勢をとって。
「机で勉強すればい良いのに」
      
私が仕事から帰って来て、自作でハンバーグ
を作ってくれた息子は、付け合わせにレタスと
キャベツを間違えて、キャベツをちぎって添
えてあって、「あのさあ、
うさぎじゃないんだから・・・」
と呆れる風には言ってみるが、とても嬉しく
「でもありがとうね、お母さん今日すごく楽し
たよ」と言った。
   
  
本当に人間ひとりの人生を育てていく、
という重みみたいなことを感じながら、育ててほしい、とおもう。
それは、私のような共働きの家庭でも、
シングルマザー、ファザーの家庭でも、
若いうちに子供を産んだ夫婦であっても、
同様に。
私たちの用語でいう、生命倫理というもの。
生まれてきて、魂があって、肉体があって、
人生や運
命があるのだから。
   
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私の3人の子供たちには、まっすぐに物事を
見ることができる人に育ってほしいと、常日
頃思っている。
そして、人の気持ちが推し量れる優しさをも
った人になってほしい。
でも、世の中は過酷で広いから、強く逞しく
あってほしいとも願う(*´∀`)♪
     
      
多少重たい感じかもしれないが、末の娘が中
学に上がり、他に受験生と高校生の子を持つ
親としては、人生に一度の思春期特有の真っ
正直さと重たさと思って、あえて茶化さず
に思ったことを書いてみた( ̄^ ̄)ゞ
  
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ブログをたくさんの人が見てくれていて、
いつもカウントを見てびっくりする。
本当に嬉しい!
次回更新の頃にはだいぶ涼しくなってると
いいなあ。
8月末か9月に更新します(^○^)

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リオオリンピックも終盤戦 [sports]

リオオリンピックも終盤戦に突入してますが、さっきテレビを見て
いたら、レスリングの吉田沙保里選手が、惜しくも銀メダルだったということで、
うーん、非常に残念( ;  ; )でも、4大会連続を惜しくも逃したとはいえ、
銀メダルだってすごく立派だし、インタビューで「ごめんなさい」と
言っておられたが、滅相も無い!!あれだけたくさんの実績を残されて、
なおかつ我々ギャラリーに、たくさんの夢や希望を与えてくれたんだから、
むしろ、「よく頑張った!!」と大拍手を送りたいところです。

それと、先日の女子の卓球の団体の、準決勝のドイツ戦は本当に
残念のひとことで、試合もものすごく白熱して面白かったし、
素晴らしい勝負でした♪( ´▽`)
こちらも惜しくも銅メダルでしたが、感動!拍手、拍手です。
久々に、卓球をしたくなった(^O^)

私も、今も定期的なジョギングはかかさないし、仕事から帰った後に、
4、5キロ走ることも、休み前などだとにはよくある。
健康維持の目的が第一だけど、忍耐力を維持したいという
自分を統制する意味合いもある。
まあ、子供たちもまだ、来年の夏に長女が剣道部の部活を総体後、一旦
引退するまでは、簡単にひと休みができず、しかもすぐに受験(。-_-。)
つられて親も、日々仕事しながら、細々とご苦労が多いです。
長女で体操7年、剣道が5年目くらい。
そう考えると、長男がサッカー11年、その間に剣道を掛け持ちで5年くらい
やったから兄の方が本当は、えらいはえらい。
次女は、中学では文化部に行きたいそうで、今年度で剣道は一旦終了。
持病の喘息がなかなか治らず、その意味もあり剣道を始めさせた
のだが、家の中では、主人にタバコすら吸わせないのに、
最近また悪化。冬になると、ホクナリンテープが登場する日々。
昨冬は、安静を言い渡されたくらい・・・
で、剣道は辞めて中学では違う部活に入ることを、承諾した。
次女が、やっぱり、剣道5年目。

私は剣道は中学時代部活でしかやってないし、お習字は同じ頃
6年以上やったが、継続は力なりで、ある程度続けないと
なかなか形にならない。


でも思い返せば、私も幼い頃喘息まではいかないが、風邪をひくたび
気管支炎を起こして、そのために、短距離は平均のタイムなのに、
やっぱり陸上で必死に長距離をやったが、同じように高学年の頃に
悪化をして、その後、剣道もやったが、夜中に発作を起こして、
ほとんど眠れず青い顔をして遅刻して学校に行ったこともあった。


おかげで我慢強く、長距離だけは本当に早かったが、剣道なんか、
泣きながらやった方の子だったので、あんまり次女にも言えないが、
走ることには、挫折があまりないので、なぜか、ゴールで
倒れても走っちゃった方なので、ジョギングは大人になってからも、
もう10年以上は続けている。
まあ、一番にならなくても良かったからかもしれないが。
で、結果は、今は風邪も引かなくなった。



そんなこんなで、スポーツを観戦するのは、昔から非常に楽しみで、
感動して、目がウルウルしっ放しの、オリンピック中継。
サッカーは、残念だったけど、体操や水泳もとても良かったので、
楽しかったですねヽ(´o`;
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船橋 フラワーショップ  デイジーヒルさんにて撮影。
お時間頂いてありがとうございました。



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11年間の軌跡 [sports]

幼稚園の年少の時に、うちの長男が突如、
「僕、あれがやってみたい」

と、幼稚園のグラウンドでやっている
幼児サッカーを指差して言った。
「お金もかかるから、ダメだよ」
私は一笑した。


翌年、同じクラスの子たちもサッカー
をやっている
のを知り、「まだサッカーやりたい?」
と聞くと、彼は、嬉しそうに「うん」と
言った。

そして、月日は流れ、確か小学校3年生。

何年か前から、サッカークラブを小学校の
部活動に変えるかどうかで、同じクラブの
子たちと

相談していて、結局は市外のチームに入る
ことになった。


当時私はテレビで、現、市立習志野高校の
サッカー部の砂金 伸監督が、八千代高校に
在籍しているのを知り、もう20年以上も前
に体育を教わったことがあったのだが、
不躾ながら、電話でお話しを聞かせていた
だいたことがあった。
その時、私が感動したのは、「子供に是非
楽しんでサッカーをすることを教えてあげ
てほしい」
というお言葉で、その言葉はのちに長男に
も話して聞かせた。


確かその年だったと思う。八千代高校は、
全国大会に出場したが、テレビでしか
観戦できなかったが、非常に感動したこ
とを記憶している。


その頃から、小学校卒業まで、私は介
護の仕事の夜勤の傍、サッカーの引率
の手伝いをしたり、PTA活動や地域ボ
ランティアの活動をしながら、長男
がサッカーを続けるのを必死で応援し
た。
彼自身も、私と一緒にボランティア
活動に少ない時間の中で
参加したり、学校の行事だって積極
的に行った。


私の一存で、週1、2日は剣道の稽古
を続けさせながら、週末や、夏休み
は休みもほとんどなく、週のうちに
4、5日はグラウンドか、武道場で練
習や試合に出る日々。
時には、父親に運転お願いしてダブ
ルブッキングで、南房総で剣道の大
会の後、東京までサッカーの試合に
ハシゴしたこともあった。
(試合会場の近くで東京マラソンを
開催してたなあ、あの日。)


今考えてみたら、あんな子供に休み
や遊ぶ間も無く、毎日サッカーや
剣道の練習をさせる日々だったが、
親としては、もっといろんな思い
出を子供と作りたかった、とも思
うし、そういう時間を与えてあげ
られなかったことを反省した。
それでも彼はオスグットシュラ
ッター病という成長障害にもめげず、
6年までやりきり、剣道は級を取得し
サッカーも無事卒団した。


その後中学3年間、サッカーを続け
たが、あいにく不運なことに
ひき逃げ事故に遭い、膝を損傷し
て創傷手術をする羽目になったり
したが、彼はそれでも最後のチャ
ンスと、3年の受験で市立習志野高
校の練習会に参加しのちに普通科を
前期試験で受験した。


その間に数回、彼は砂金監督にあっ
て、簡単に言葉をかけてもらったこ
ともあるが、影響力のようなものは
長男なりにひしひしと感じたらしい。


しかし、現実は厳しく、プレッシャー
に負けたらしく、前期試験がダメで、
私の独断でドクターストップ同様に、
いろいろな方のアドバイスを受けて、
後期受験校の変更をした。
どうしても、本人にその先の進学の
希望があり、普通科を志望して
いたことも一因としてはある。


高校に入学して、サッカーを続ける
かどうかを、彼は真っ先に悩みだし
たが、その矢先、前期で挫折した、
市立習志野高校との
対戦で、一度は憧れた市立習志野の
新しい人工芝のグラウンドで
自分の高校の先輩たちの勝利を目に
し、翌日実際に練習試合で
人工芝のグラウンドでプレーし、
帰宅した彼は、「足が疲れたよ、
人工芝は」と、つぶやいていた。


数日後、彼はサッカーをやめること
を決めた。
「サッカーを嫌いになりたくない」
「サッカーを楽しくやること、とい
う言葉について色々考えたんだよ」
と、言った。



彼の心の中で、いつか本当に心の底
からもう一度サッカーをやりたい、
と思う日がきっと来ると思う。
それは、私にも同じような経験があ
るから、
きっと来るとおもう。
その時に、今までの11年間が、非常
に彼にとって有意義で、
素晴らしいものだった、と感じてく
れることを心から祈る。
親には、そのくらいのことしかでき
ない。

今は、学業に専念することを目標に
転部をして、勉強のための時間をつ
くるそうだ。
転部は、クラスメイトのすすめだった。

大学進学が今の彼の夢だ。
その彼は、早々に、学力テストでクラ
ス1位と、その後の志望校判定テスト
で、科目学年2位を2科目でとってきた。
嘘ではない、彼の真相。
そんなこんなで親は、まだまだ倒れる
わけにいかない。
毎晩、仕事の疲労でウトウト子供の帰
りを待つ状態だが、簡単には、ギブ
アップできない。


小学校のときから、陰でコツコツ努力
してきたが、周りには、「あいつがそ
んなにできるわけない」などと
反対に色々言われてきた方の子だ。
でも、我が子ながら、ここまで頑張
った我が子を誇らしく思う。


悲壮になってまで、サッカーを続け
ても、誰も幸せにならないもんね。
たのしむことは自己満足ではないよ。
誰もが楽しそうと思う光景なんて、
簡単には演技でも表現できない。


そう思えば、夜勤明けに、弁当片手
に長男の後を追いかけて、フクアリ
のコートまで
試合を見に行ったことを思い出す。
夢に出てくるくらい、幸せで楽しそ
うな光景を今も思い出す。



ハンパとか、根性がないなんてそん
なことは周りに言われても気にする
こともない。

10年以上も、あれだけ体を酷使して
やったんだから、気にすることもない。
親バカと思われるだろうが、日記と思
って諦めて下さい(⌒-⌒; )
ただ、いつまでもやってるんだかなん
だかわからない状態とか、そのまま生
殺しみたいに中途半端にしたくなくて、
これを目にした人が、声をかけてきて
も、本人がきちんと正々堂々としてら
れるようにと思い、わざわざこんなく
だらないことを書きます。


厳しくするばかりで、全然自由を与
えない親だと心で憎く思うこともあ
るだろうが、本人が人生の本当の舞
台に立った時に、少しでも今の私の
気持ちを、理解してくれる時が来る
ことを心の底から祈る。

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11年間、本当にお疲れ様( ´ ▽ ` )ノ
もっともっと、高く翔びたてるよう
に、頑張れ♪( ´▽`)


今までお世話になった、藤崎SC、
中学校の顧問や担任の先生方、
長男と同じチームでチームメイト
として一緒に戦ったメンバーの子
たち、並びに親御さんたち、皆さ
ん本当にありがとうございました。
そして、市立習志野高校の方々、
特に砂金監督には、

本当に色々心遣いをしていただき
ました。

心の底から感謝を申し上げます。
ありがとうございました。

また、長男の通う高校の方々には、
これからさらにいろいろなご迷惑を
おかけすることもあるかと
思いますが、よろしくお願いします。



そして、最後の試合見られなくて、
本当にごめんm(_ _)m
ラインのメッセージに、「もうグラウンド
出るよ」というメッセージが入った時
まだ幼かった君がサッカーを始めてす
ぐの頃、茜浜のグラウンドにボールを
忘れてきて、私ひとりで車で往復して
取りに行った
時のことを、ふと、鮮明に思い出した。




















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最後の夏が来る [sports]

長男の中学生活最後の夏が来た。

進路を決定する時期がやってきた。
直近の成績があまりよろしくなく、
また目標変更。
成績Aランクの学校は厳しくなったので、
当初から希望していた、サッカーが割と強く
成績もまあまあの学校に。
必死に勉強させて、なんとかここまでか?
志望校判定では、そこは成績クリアしているが、
サッカーをやるのに、体格が少し小さいかも。


最後の内申書の判断材料になる、通知表は、まだあと1回
テストがあるが、なんとか頑張って欲しいところ。
どちらにせよ、いくつか候補が決まりつつあり、
これから忙しくなる。

それに引き換え、2番目の娘が、非常に自分でよく勉強するので、
2番目は要領がいいというが、これも安心。( ´ ▽ ` )ノ


幼馴染の親戚が、Jリーグ入りを希望とかいうニュースを、
その幼馴染が、ラインでスポニチの紙面を送信してきたので、
サインをねだっておいた。ブログに記事は載せられず。残念。

私も、兼ねてからの体調不良を解決するべく、
女性外来の通院予定が決まりひと安心。
3人の子供が、幼稚園のうちから、
かなりハードに働き詰め、休みの日は子供の
父母会からPTAから、体を酷使したので、
さすがにガタがきている。
夜勤明けて、弁当作って幼稚園に送り出して、
その後PTAやってたもんな。
主人も働き詰めだったのは同じだが。
要するに、若年性の更年期なんだろうけど、
医者が私のショックを気遣い、はっきり言わない・・・・
本人は、症状が楽になればいいやって感じ。
立ち上がるのも、ふらついて辛いときがあるので、
とにかく治療開始できてよかった。(^ ^)

まあ、3月を無事に迎えることがいまの最大の望みです。










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let's enjoy sports [sports]

走っていないと、自律神経が安定しないようだ。
もう、10年近く継続してジョギングしているので、
3月4月忙しさにかまけて、それと、
天候不安定で走るのを少しだけ休んでいたら、
(2月にいつもは休むのだけどね)
体調不良に陥ってしまったので、気をつけようと思った。

今日は、仕事で9時半頃に帰宅したが、かなり暖かくなったので、
6キロ走った。
(なんか、職場で3倍働けだのなんのって、若造に文句言われーの、
ストレス解消に思いっきり走ったさo(`ω´ )o)
いやあ、気持ちよかった。すっきり!!

4キロはかなり体がなまってても余裕だが、6キロでも
ぬるかった。2月中は、毎週10キロ飛ばしてたからね。

毎年4月に、ホノルルマラソンのハーフがあるらしく、私がずいぶん長く、
子供達の剣道でお世話になっている、昔、警視庁にいらっしゃった
70歳近い剣道6段の有段者の先生が、今年ホノルルハーフに出場されたそうで
お土産話とお土産をいただき、やはりマラソンは
本当に素晴らしいスポーツだと、うれしくなっていたところ。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

私も、介護の仕事をしていた頃、夜7時過ぎまで朝からヘトヘトになって
必死に老人を身体介護して働きながら、
11月の市民マラソンは、親子タイムレースだったので、
毎日2キロ、タイムを計測しながら走った。
娘とは定期的に、市民マラソンのために3年近くも、
2キロか4キロ走り、自分自身も休みの日には、
10キロ、15キロひとりで走っている。

娘は最後の年は、もう足が非常に速くなっていたから、
綺麗なフォームで、軽やかに走っていたし、何度か公式な市民大会
にも出場した。
毎年、ヘトヘトになっても楽しくてとても幸福な思い出だ。

ひとりで走るときに、たまに、ストレスの絶頂だったりすると、
昔、剣道をやっていた時のこととかを思い出したりして、
走りながらウルウルしてくる時があるんだけど、
苦しいんじゃなくて、思い出でだよ。
泣くと、呼吸が乱れるので、注意しよう!!
人体の不思議♪(´ε` )
でも、そうして、思い出しつつ、ストレスを解消しつつ、
リズムを一定に保つことが、重要なこと。
やっぱり、自律神経の鍛錬にはよいです。

スポーツというのは、そういう風に楽しんだり、ストレスを解消したり
健康増進したりで、いいことがいろいろあります。
継続は力なり。

長男ももう、12年目かな、サッカーを始めて。
ずいぶん昔に、私の知っている先生で、とある結構有名なサッカーの先生に、
(インターハイとか、選手権とかで全国の経験ある先生です)
「サッカーを楽しんでやること」というのは非常にありがたいお言葉をいただき、
(先生ご本人は、私にそんな話をしたことを今も覚えておられるか
わかりませんが、私は、長男にそのことを伝えて、
長男もその言葉で頑張った様子だった。必死に信じたんだと思う。)
いじめられても、チームメイトと喧嘩しても、雪の中、雨の中ドロドロになっても、
今もサッカーが大好きで続けているが、楽しんでできているのかな?
チームやトレセンに参加していた時の背番号は
決していい番号とはいえないものだが、そりゃ、
10番もらえたら、と思うだろうが、それでも今も
ユニフォームだって、幼稚園の頃の分から全部大事にしまってある。
で、まあ、必死でやっていますが。

私が、反対に長男の担任の陸上の先生に、
「お母さん、走るの楽しんでます?」
なんて言われてしまったりね。(⌒-⌒; )そんなこともあった。
でも、何はともあれ、体が動き、スポーツを楽しめる
という幸せを享受できることを、心の底から
感謝しなくては☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

まあ、夜勤明けに、寝ないでPTAの定例会に
出席して、(部長までやってさあ)
そして寝ずに子供の剣道部のお当番して、
武道場で正座して、いろいろ人生を反省したりしてね。
で、休みは子供のサッカーの遠征の引率とか送迎
して、それでも、同じ年代の女性の中では稼ぎだって
多い方だったし、頑張って人一倍働いたし、
夜勤だって、看護婦さんや介護さんは理解しているはずだが、
12時間くらい簡単に1勤務で実働するんだよ。
なのに、女だからってバカにするんだよ、
世の中には、いっぱいそういう人がいる。

肩書きや地位がある人だって、見くださない人は
たくさんいるんですよ。

でも、世の中にはいろんな人がいるから、
私は女性だし、社会的地位が低い人間なので、いつも心がけている、
人一倍心がけている、人の10倍の努力してます。
だからこそ、出てくる結果があると信じている。
100倍だって、努力を惜しむつもりはない。

さあ、明日も休日だが仕事が残っているので、
頑張りまあす。^_^









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これが、ホントのスポ根だ!Part2 (ノンフィクションだぜ) [sports]

朝からの曇天、天気予報では昼から雨の予報を

告げている。 

 

5年前、初めてのマラソン大会に、
風邪で欠席した娘は、翌年の練習では
度々1等になり周りからは、1位を取れるよ
言われていたのに、当日またもや風邪で、
出場はしたが、4位に終わって泣き崩れたっけ。

そして、その後ずっと3位より下にはならなかった、我が娘の、小学校最後のマラソン大会だった。


今まで一度しか勝てなかった、昨年の覇者に、
今年の練習では途中まで差をつけていたようだが、追い抜かれてしまったそうだ。

すこしがっくりして、自信なさげな娘に、
「頑張ってね」と、声をかけるのがやっと
だった。


考えてみれば、長男が小学生になってはじめ
のマラソン大会の直前に、私の声かけで、
3人で練習をはじめたのが、もう
8年も前の事だ。




この世に生まれ落ちてから、
自分の腕で抱きかかえて育てた我が子だ。
立ち上がり、歩き始めて、そしてこういう
風にして、走る、ということを彼らは覚えた。


幼い頃、陸上部で走り方を教わった私は、
マラソン大会では、1学年140人も
いる中で、(といっても、今となっては
男女別になっていたかも、定かではない。
もう、30年も昔だもんね忘れてしまいました)
いつも、20位に入ったし中学1年の時の
クラス対抗の校内駅伝は、
3人か、4人もごぼう抜きしたんだよ。


でも、一度だって、うちの親はそこ
には応援に来なかった。
寂しかったけれど、私は、マラソン大会の
順位を報告できることを楽しみに
走った。


考えてみれば、そんなこともあってか、
長男は、6年生で1等をとれたし、
娘だって、1度は1位をとってはいる。
私もなるべく見に行くようにしている。
少しの時間を割いてでも。
(会社にばれて怒られないように、
必死なんだよ、ほんとは。[冷や汗2])
まあ、我が子たちながらよくそこまで
頑張ったなあ、という感覚が
とても強く残っていて、それは、これから思春期を迎える彼らにとっては、

自分の足や自分の体で勝ち取ったもので、その経験は必ずこの先の人生の1ページとして、
かれらの糧になるはずだ。

1ヶ月ほど前、市民マラソンの練習をしていた時、私は彼女に、
「とにかく先頭集団にぴったりくっつくんだよ、」と、そのことばかり教えた。
「お母さんは、1等をとったことないから、先頭集団にくっついて走っていくことしか、わからないけど」と。


その時彼女は、
「ちがうよ、最後にラストスパートするんだよ」
と、明るく言っていた。


すこし、冷たい北風が強くなった感じがした。
「パンッ」
スタートしてすぐ、私の言った通りに、今度は先頭の子にピッタリくっついて、2人は後続をどんどん引き離して走り続けた。
今は、私たちの時代ほどたくさんの子供が一度にスタートするわけではないが、それでも、何年も3位以内をキープするのは、大変なことだ。

最後の、50メートル、「ラストスパート」
「どうだろう?抜かせるかなあ?」
ハラハラしながら、応援をする。

声援が上がる中、
ほぼ同時にゴールをしたふたりだが、
結果は2位。
娘は1秒あろうか、どうかの差をつけられて、負けた・・・・・


ゴールをしてすぐ、歩きながら泣きじゃくる
娘をみて、こちらまで、胸が締め付けられ
るようだった。
遠目に見ていたので、気のせいかもしれないが、
1等の子までもらい泣きをしているみたいにみえた。

陸上の大会のたびに、陸上部の無い、この学校で
毎朝早起きして練習に参加してきたのは、何を
隠そう我が娘だ。
剣道で、帰宅が遅くなっても頑張ったね。
本当によく頑張ったね!
ゴール前で、抱きかかえてあげたい、
そんな想いだった。
























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